優しい夢
「悠生殿、最近、あまり眠れていないようだが…」
「そんなふうに…見えましたか?」
「ああ。よく目元にクマを作っていただろう。顔色も良くない」
趙雲は悠生の頬を両手で包み、あたためるようにして撫でてくれる。
少しくすぐったくて、だけど気持ち良くて、悠生は安心したように笑った。
「たぶん…お姉ちゃんのことを思い出してから…眠れなくなったんだと思います」
「美雪殿のことを?」
「……、」
もう一人、姉がいることを趙雲には伝えていない。
咲良のことを話す勇気が無かった。
自分のせいで、不自由な暮らしをさせているであろう…無事かどうかも分からない実姉。
姉のことを話してどうなる。
趙雲にまた、余計な心配をかけるだけだろう。
「でも、悲しい思い出ばかりじゃないんです。お姉ちゃんが…月には兎が住んでるんだって」
「月に住む兎?それは、物語か何かかい?」
「はい。竹から生まれた月の国のお姫様のお話もあるんです。月を見ていたら、いろいろ思い出して…」
寂しくなった?
いや、咲良に苦労をかけていることが申し訳なくて、いたたまれないだけ。
悠生は頬に触れる趙雲の手のひらの上に、自分の手を重ねた。
頬も手も冷たかったのに、趙雲のあたたかさを貰って、体温が上がったような気がする。
趙雲の目はとても優しい。
きっと今は、どうすれば悠生を安心させられるか、安眠を与えられるか、そんなことを考えているのだろう。
「趙雲どの…、月が綺麗ですね」
「っ……」
肝心の月には目を向けず、真っ直ぐ趙雲の目を見て告げたら、彼は言葉に詰まったようだった。
意味を知る悠生にとっては、それは間違いなく、有名な愛の言葉。
だが、趙雲はどう感じただろう。
本意に気付かなくとも、困惑する趙雲の表情がおかしくて、悠生は肩の力を抜き、ふふっと声をあげて笑った。
「これも、お姉ちゃんに教えてもらった…素敵な言葉です。趙雲どのも、好きな女の人に言ってあげたら、喜ばれると思います」
「ああ、まさか、貴方にそのような助言を貰うことになるとは思わなかった…」
「え、あ、ごめんなさい…変なことを言って…」
趙雲が話を聞いてくれたから、つい調子にのってしまった。
彼は普段から、女性に関する話題を避けているのだから。
しかし趙雲は機嫌を悪くした様子もなく、悠生の背を撫でたりしながら、冷えた身体をあたためようとする。
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