優しい夢(蜀編)



あまり声を大にして言えたことではないが、悠生にはどうしても、眠れない夜があった。
何かしら、原因はあるはずなのだ。
体調が悪いとか、天気が崩れて窓の外がうるさいとか、そんな単純な理由。
だけど、はっきりとは断定出来ないから気持ち悪い。
阿斗が隣に居たって、眠れないこともあった。
眠れない夜が数日続くと、流石に堪えてしまう。
電気があれば、明かりをつけて本を読むことも出来たけど、ここではそんな自由は利かないし、無駄に蝋燭や油を使ったら勿体ない。

だったら、月を見ていようと思った。
今日は、ぽっかりと丸い月が浮かんでいた。
四角い窓枠を通して見る夜空はまるで絵画のようだ。
美しいものなのだろうが、悠生には恐ろしくも感じられた。
なんだか、月と目が合っているような気がする…などと、馬鹿馬鹿しいことを考えた。
目を逸らせば良いのだ、さっさと窓をしめてしまえば良い。
それをしないのは、どうせ今日は眠れないと分かっていたから。


「寒い…な…」


夜風に当たり続けたら、薄い寝間着に覆われた肌はすっかり冷たくなっていた。
これで風邪を引いたら笑い話では済まないだろう。
阿斗に心配をかけてしまうし、趙雲にも呆れられてしまうかもしれない。


(同じ月を…皆が見てる。咲良ちゃんもきっと…何処かで…)


月には可愛い兎が住んでいるだとか、かぐや姫の故郷があるだとか、咲良が聞かせてくれたお伽話を思い出す。
それと、ロマンチックな話が好きな女の子らしく、咲良は月に関する口説き文句を教えてくれた。
さりげないくせに、あからさまな好意を感じさせる、そんな言葉を使う日が悠生に来るとは思わないが、忘れられない一言である。

ぼんやりと寝台の上に座っていたら、声をかけられることもなく、戸が開いた。
気を抜いていた悠生はびくりとするが、暗闇の中には見慣れた趙雲の姿があった。
まさか、悠生が夜更かししていることに気付いて叱りにきたのではないか。
怒られると思った悠生はとっさに頭を下げて、真っ先にごめんなさいと口にする。
喉が張り付いていて、声は掠れてしまっていた。


「…今夜は冷えるな。悠生殿、あまり身体を冷やしてはならない」


優しく声をかけた趙雲は寝台に近付くと、くしゃくしゃになっていた掛布を直し、悠生の頬に指で触れた。
すると、趙雲は一瞬ぴたりと動きを止めたが、悠生の肌の冷たさに驚いたようだった。


 

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