清らかな夜(呉編)



時々、咲良には眠れない夜があった。
きっかけがある訳では無くて、寝台に横になってさあ寝よう、と言うときにふと考え込んでしまうのだ。
…このまま、安全な城の中で毎日を過ごしていて、本当に悠生に会えると思う?

いつだって、悠生のことを考えていたい。
そうでもしなければ、弟の記憶が消えてしまいそうだから。
それなのに咲良は、手が届くところにある幸せに目が眩んで…本当に求めているものを後回しにしてしまいそうになる。


(悠生…ごめんね…見つけてあげられなくて…)


咲良は窓を開け、冷たい夜風に当たっていた。
黄蓋の邸で寝泊まりをするようになってからは、とても恵まれた環境を与えられた。
咲良が一番喜んだのは、窓の外を覗くと美しい空が見えるようになったことだ。
しかし、この星空の下に居るであろう悠生のことを思っては、咲良は溜め息を繰り返していた。

本当は、城に留まらないで自らの足で悠生を捜しに行くべきなのだ。
しかし、咲良には一人で旅をする能力も勇気も無い。
なかなか、生き別れの弟である悠生のことを口外することも出来ず、もどかしい想いをしていた。


(あれ、足音……?)


廊下の方から微かに聞こえた物音に、耳の良い咲良はぴくりと反応する。
先程までは、辺りは物音一つしないほど静まり返っており、もう、多くの侍女は眠っているはずだった。
喉が乾いたら部屋に準備しておく水差しを使うはずだし、手洗いの場所はこちらではない。
その静かな足音が自分の部屋の前で止まったことに、咲良はどきっとして、恐る恐る扉に近付いた。

すると、相手も咲良の存在に気付いたらしく、掠れた声で"落涙様"と呟いた。


「もしかして、周泰さん?」

「…はい…」

「えっ?どうして…何かありましたか?」


聞き慣れた男の声…それは周泰のものである。
咲良は驚いて戸を開けたが、そこに立っていた周泰は、暗闇の中でも分かるほど歪んだ顔をしていたのだ。
あまりのしかめっつらに、咲良も言葉を失う。


「…遅くに…申し訳ありません…ご迷惑を…」

「い、いえ…でも、何かご用があったのでは…」


とりあえず部屋に入るようにと促すと、ゆっくり頷いた周泰は静かに戸を閉めた。
そういえば少し前に甘寧が訪ねてきた時…彼は窓から飛び込んできたことを思いだし、咲良は苦笑した。
その日も月が綺麗だったと回想しつつ、視界が悪い室内ではろくに話も出来ないだろうと、咲良が明かりを燈そうとすると、周泰は「このままで構いません」と呟く。


 

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