愛を宿す瞳




酒の匂いに、何か違ったものが混ざっている。
何か、化粧品のような…それが白粉であると、悠生は趙雲の消え入りそうな声で知った。


(……びっくりした)


いつもと変わらず、悠生はよく眠っていたのだ。
たまには阿斗とも一緒に寝るが、毎日という訳ではない。
あたたかさに慣れてしまうと、一人は寂しいものだが、そんな我が儘は口にしたりはしない。

悠生は戸が開かれる音を耳にし、目を覚ました。
辺りは真っ暗で、誰かが訪ねてくる時間ではないことは明らかだったが、掛布を押しのけて身を起こせば、暗がりでも分かる見慣れた男の姿があった。
趙雲が、じっと悠生を見下ろしていたのだ。

こんな時間に何の用事があるのかと疑問に思い、首を傾げながらも、名を呼ぼうとする前に、趙雲は無言で寝台に乗ると、いささか乱暴な手つきで悠生を押し倒し、のしかかってきた。


「趙雲どの!?」


自由に身動きが取れないこの体勢は、ただただ怖い。
黄皓に手を出された時のことを思い出し、悠生は言いようのない不安を抱くが、趙雲がひどく苦しげな顔をしていたため、彼を押し返すことが出来なかった。
しかし、悠生は酒の匂いと、身近なものではない化粧品の香りに気が付く。
趙雲が酔うほど酒を飲むなんてそれこそ信じられなかったが、そこに混ざる女特有の香りが奇妙である。
潔癖で、清廉で、生真面目なこの男が、女性と触れ合っていた…そんなことを考えた悠生は僅かな悲しみを覚えた。
しかし、ちくりと胸が痛むのは、落胆したからではなくて、趙雲が弱々しい姿を見せているからだ。


「悠生殿…白粉の匂いが取れないのだ…」

「おしろい?あ……」

「気持ちが悪い…このような香りが纏わり付くなど…」


確かに、趙雲の衣服には粉っぽいものがついている。
彼の手や首筋にも、付着したそれは時間を置いても強い香りを放ち、趙雲を苦しめていた。

趙雲は悠生の首筋に顔を埋め、鼻を寄せた。
体中から香る白粉の匂いを紛らわすために、悠生の匂いを嗅いでいるようだった。
少しくすぐったかったし、恥ずかしさもあるが、酔って正常な判断が出来ないであろう趙雲に、悠生は抵抗をする気も起こさず、されるがままになっていた。
その間も掠れた声で、趙雲は弱々しい言葉を繰り返していた。


 

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