あなたに微笑む




それは具体的にいつのことなのかも覚えていない。
確か、あたたかい春のような気候だった。
世界がぐちゃぐちゃになってしまったから、季節だってばらばらなのだ。

遠呂智軍配下であった悠生は三成と一緒に、反乱軍の討伐に赴いた。
いつものように幻の弓を用いて敵を翻弄させ、自分の手は汚さないという、汚い戦い方をした。
それでも、一通りの役目を果たし、帰陣しようとしたところ、悠生はほのかな香りを感じ、足を止めた。


(花の良い香り…何処に咲いているんだろ)


戦場にも、花は咲く。
いや、もともと花が咲いていた場所が戦場となったのだ。
いくら綺麗に咲いていても、誰にも気付かれず、戦火で燃えてしまうことも多い。
だから、悠生はこの香りに誘われた。
三成に叱られてしまうことも一瞬、考えたが、悠生はふらりと寄り道をしてしまう。


(白い、桜…綺麗だ…)


少し歩いた場所に、白い花を咲かせる桜の木があった。
汚れの無い可憐な純白は、戦場には似合わない。
その上品で甘い香りも、悠生には場違いなものに思えた。
この世界に存在してはならないもの…必要とされていないもの、バグである自分と同じだ。


(桜の花言葉は…何だったかな。咲良ちゃんならすぐに出てくるんだろうけど)


花言葉に詳しい姉のことを思い出し、悠生は笑う。
興味を持てば、きっと丁寧に教えてくれるはずだ。
手を伸ばし、白い桜の花をそっと撫でる。
少し前に、阿斗と一瞬に桃の花を見ようと約束したが、きっとこの桜のように美しいのだろう。
早く幸せを取り戻せることを願いながら、悠生はようやく、仲間の元へ戻ろうかと踵を返したのだが…


(っ…大変だ、誰かが隠れてる!)


茂みの中に、何者かが身を隠していることに気が付いた。
以前は他人の気配を感じることさえ難しく、疎かった悠生だが、三成とともに戦場に赴き出陣を重ねる度、少しずつ理解出来るようになってきた。
殺気こそ感じられないが、此処は本来ならば気を抜いてはいけない戦場なのだ。
悠生はすぐに幻影の弓を形作り、緑の粒子を撒き散らしながら、茂みに向けて狙いを定めた。

少しでも妙な動きを見せたら弓を引く。
相手が人間であれば、指輪から生み出された幻の矢は当たらないから、驚いているうちに逃げ出してしまえば良い。
悠生は瞬きもせず、弓を構えたまま茂みを睨みつけていたが、思ったよりも早く、そこに隠れていた人物は姿を現した。


 

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