心に秘めた熱情




明くる日、阿斗が習い事で部屋を空けており、悠生は邸を出て愛馬のマサムネに会いに行っていた。
厩舎の掃除をしながら、馬術の師である馬超と暫くお喋りをし、頃合いを見て邸に戻ろうとした悠生は、廊下の墨に木製の釘を見つける。
不思議に思って拾い上げ、周りを見渡したが何処から転がってきたか分からない。
どうしたものかと立ち尽くしていると、背に声をぶつけられ、振り返ってみればこちらに早足で近付いてくる月英の姿があった。


「ああ、その釘を探していたのです!悠生殿、心から感謝いたします。何かお礼をしなければなりませんね」

「え?そんな!僕はたまたま拾っただけですし…月英どのに気を遣わせる訳には…」

「遠慮なさらないでください。もしお時間がありましたら、先程、試作中の菓子を焼いたのですが…、ご一緒にどうですか?」


お礼など望んでいなかった悠生は月英の申し出にうっと唸るも、にこりと微笑まれてしまえば、首を縦に振るしか無い。
…失礼ながら、お母さん、と呼びたくなってしまうのである。
母性を感じさせる月英と一緒にいると、実の母や美雪のことを思い出して少し寂しくなるが、月英はその寂しさをも紛らわせてくれそうだ。
釘と菓子がどう繋がるのかは分からないが、兵器の改造と料理の研究を同時進行していたのだろう。

しかし、悠生は一つ誤算していた。
月英は母のようだが、実際は諸葛亮の妻である。
ゆえに彼女が戻るのは諸葛亮の邸である。
諸葛亮は執務中であれば問題が無かったが、休憩と称して彼もまた、悠生が案内された円卓の席で竹簡を広げていたのだ。


「孔明様。そこで悠生殿とお会いしたので足を運んでいただきました。お二人で、少し息抜きをされては如何でしょう」

「悠生殿が…?ええ、良いかもしれませんね」

「では今、茶などを用意致しますので…」


月英はそそくさと部屋を出てしまい、諸葛亮と二人きりにされた悠生は気まずさに口をつぐんでしまう。
諸葛亮は、苦手なのだ。
人の心を見透かしてしまうような涼しげな眼差しや、言い訳も許さない厳しく的確な物言いなど、悠生を恐れさせる要素が多々ある。


 

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