余すところなく全て



「例え話なんだが、俺が戦場以外で人を殺したら、あんたはどう思う?」

「え?甘寧さんが、人を…?」

「あんたはよく理解出来ねえかもしれないが、俺は戦場で数え切れないほどの人間を討ち取っているんだ。だから俺は…人を殺すことに躊躇いがねえ」


突然、甘寧が始めた不穏な話題に、咲良は不安そうな声を出した。
美しい旋律を奏でる、彼女の手は血に汚れたことなど無いはずだ。
甘寧が戦場で多くの敵の首を取り、大いに活躍をしたなら、きっと咲良も喜んでくれるだろう。
血を浴び、死臭を身に纏っても、彼女の前では汚れていないふりをすれば良い。
そうすれば、彼女を怯えさせることも無い。

人を殺し讃えられる…、それは戦場だからこそ通用する話なのだ。


「俺が怖いか?落涙。俺みたいな…戦場以外でも人を傷付けるような男は、軽蔑するだろ?俺はお前を殺しかけたことだってあるんだ」

「そんなこと…言わないでください」

「正直に言って良いんだぜ?その方が俺も気が楽だ」


一連の台詞を、甘寧は咲良の顔を見ずに淡々と口にしている。
男らしくないとは分かっていたが、彼女がどんな顔をしているか、知る勇気が無かったのだ。

気まずい空気のまま、咲良は暫く甘寧を見下ろしていたが、何を思ったか、そっと甘寧の頭を撫で始める。


「お、おい」

「あ、やっと目が合いましたね」

「は?」

「甘寧さんが俯いているのって珍しいです。前を向いている姿しか見たことが無かったので」


子供をあやすように優しく髪を撫で続ける咲良は、先程と変わらずに微笑んでいた。
もっと泣きそうな顔をしているかと思っていたのに…、気恥ずかしくなった甘寧は、少し乱暴に彼女の手を掴み、握り締めた。


 

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