余すところなく全て



咲良はいつものように、小春に笛を教えているところだった。
突然訪ねてきた甘寧に驚く咲良だが、嫌な顔もせずに部屋に招いてくれる。
甘寧は椅子に座り、笛の音に耳を傾けながら二人の様子をぼうっと眺めていたが、いつしか視線は咲良のみに注がれていた。


「……、」


際立って美しい、と言う訳ではない。
所謂美人と形容される女は何人も見てきたが、咲良は年齢の割に子供っぽく色気が無いし、身につける衣服も地味で、どう考えても甘寧の好みではなかった。
だが、甘寧は咲良を好いてしまっているのだ。
美しい女はいくらでも居るが、顔や体ではなく全てが愛しいと…そう思わせてくれる咲良のような女はきっと他に居ない。

様々な考えを巡らせていると、咲良ではなく小春の方が甘寧の視線に気付き、ちらりとこちらを見た。
驚いて目を逸らす甘寧だが、咲良にも気付かれないよう小さく微笑む小春に、幼い姫の勘の鋭さを思い知らされる。
咲良に告げ口されることは無いと思うが、やはり敵に回したくはない娘である。
ひやひやとしながら、時が過ぎ去るのを待っていた甘寧だが、頃合いを見て女官が小春の迎えに来ると、今日の笛の指南も終わり、小春は咲良に頭を下げて部屋を辞した。


「甘寧さん、お待たせしました。暇だったでしょう?」

「…いや。だが陸遜の嫁はもちっと子供らしくした方が可愛いげがあるんじゃねえか?」

「ふふ、小春様は可愛らしいお方ですよ。とてもしっかりしていらっしゃいますが、私には妹のように思えて…」


小春様は可愛い、と言いながら微笑む咲良を、甘寧は何とも言えない心地で見ていた。
笑顔を向けられて嬉しいはずなのに、胸がぎゅうと痛む。
この笑顔が失われると思ったら、更に胸が貫かれるような想いをする。
誰かに嫌われるのが怖いと、このような複雑な気持ちになったことはない。


「あんたに、話したいことがあって来たんだ」

「私にですか?」

「ああ…あんまり気持ちが良い話じゃないんだがよ」


首を傾げる咲良を椅子に座らせ、甘寧は重々しい調子で話を切り出す。
ただ、彼女の目を見ることが出来ず、視線が交わることはなかった。


 

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