けだるげな風が吹く
一般的に、城の厩舎は巨大である。
数百という馬が繋いであるものの、将軍が使用する馬は個別の厩舎に集められていて、悠生の馬は馬超が使用している厩舎に繋いであるようだ。
その方が馬術の指南が楽だった、という単純な理由であろうが、どうあっても馬超に掃除をさせる訳にはいかない。
(あれ、誰かと一緒?)
そっと厩舎を覗き込んだ馬岱は、二人分の人影を見つけて、身を隠しながら中の様子をうかがった。
その一人はあろうことか…魏延である。
馬岱は魏延と接する機会は少なかったものの、無口で付き合いにくい男だと記憶していた。
馬超の厩舎に足を踏み入れるなど驚くべきことではあったが、よく見れば彼は竹箒を持ち散らばった藁を集めていた。
そして、もう一人の小さな声が厩舎に響く。
「魏延どの、手伝ってくださってありがとうございます。後は僕が片付けておくので大丈夫ですよ?馬超どのも、もうすぐ来てくれるかもしれませんし…」
「ム…貴様…待ツノカ…?」
「全部片付けてしまったら、馬超どのが残念がるかもしれないでしょう?」
くすくすと笑って、魏延と言葉を交わしているのは…馬超と掃除の約束をした、悠生という少年であろう。
経緯は分からないが、待ち合わせの時間に馬超が間に合わなかったため、代わりに魏延が悠生の手伝いをしていたのだ。
しかし、他人と関わることを好まず、意図して避けてばかりという印象があった魏延だが、悠生の前ではまるで警戒心が感じられない。
「我…貴様ト掃除スル…楽シイ…」
「僕と…、楽しいですか?凄く嬉しいです」
魏延がそこまで言うなんてと、馬岱はぎょっとしてしまう。
いったいどんな顔をして口にしているのかと、馬岱は少し身を乗り出すが、馬岱の気配を察した顔見知りの馬がかぶりを振りながら鳴き、更にはつられるようにして魏延が過剰な反応を見せた。
竹箒から手を離し、驚く悠生を放置し一目散に厩舎から駆け出していく魏延を、馬岱はぽかんとしながら見送った。
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