君は花のよう



「貴様、逃げ出すならさっさとしろ。島津のガキが、たった一人で遠呂智軍に従う理由は無いはずだ」

「俺は悠生に助けられた…逃げるのは、恩を返してからだ」

「はっ、くだらないことを言う。貴様の存在は悠生を惑わせる。今すぐ出ていけ」


豊久はキッと三成を睨んだが、此処で喚いてはすぐにでも追い出されてしまう。
怒りを抑えて頭を下げた豊久を、三成は黙って見つめていたが、しばらくして、思いも寄らぬことを呟いた。


「悠生は蜀の人間だ。それでいて遠呂智軍に従っている」

「え……」

「蜀軍に戻りたい気持ちと、人質になった友を思う気持ち…貴様が無能で無いのなら、板挟みになっている悠生の事情も考えることだな」


本当は、豊久と悠生は同じ場所で共闘していたかもしれないのだ。
こんな妙な出会い方をしていなければ、友達にだってなれたかもしれない。
そうだとしたら、悠生を連れて一緒に逃げたいと思う。
悠生はこんな物騒なところには居てはいけないのだ、本当は安全な場所で、穏やかに暮らしているのが似合う人だと思うから。

だが…、それが叶わないことはもう分かっている。
きっと悠生自身が、一番よく分かっているはずだ。
悠生が今も戦場に居るのが、彼が遠呂智軍を離れられない何よりの証拠であった。


「…分かった、出ていくよ。だけど、悠生のことを守ってください。俺のせいであいつが責めを負わないように…」

「案ずる必要は無い。悠生は俺の大事な部下だからな」


豊久は三成を見つめてもう一度大きく頭を下げると、本陣に連れて来ていた愛猫を抱いて、こっそりと陣幕をくぐり抜けた。
何度か足を止めはしたが、豊久は振り返ることなく素早く戦場を離れた。
恩返しと、別れの挨拶が出来なかったことを悔やんだが、豊久は悠生を傷付けることだけは避けたかったのだ。




無事に蜀軍と合流した後も、豊久は遠呂智軍と関わったことを義弘に語ることはしなかった。
ただ、何かがあったことは義弘も気付いているようだった。


「餓鬼が、急に色気づきおって」

「お、伯父上!いきなり何を…、変なことを言わないでくださいよ!」

「変なのはいったい誰のことであろうな?毎日毎日、飽きもせずに溜め息ばかり繰り返しているではないか」


そういう訳じゃないのだと自分にも言い聞かせたが、悠生のことを忘れることはなかなか難しかった。
一時だけ借りた服の匂いだとか、触れた手の白さだとか、そう簡単には忘れられるはずがない。
戦場に咲く花を見る度に、悠生を想っていた。
蜀軍の武将に悠生について聞きたいとも思ったが、彼の名を口にしたら抑えている想いが溢れ出してしまいそうで、どうすることも出来なかった。


 

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