愚か者の嘆き



この黄皓は、信用するに値しない。
阿斗に入れ知恵するだけではなく、無理矢理手を出すかもしれない。
ただ、黄皓は去勢を施された宦官である。
生殖器官を失った黄皓は、阿斗のことを手籠めにしてしまいたいぐらいに愛していても、実際に抱くことは出来ないのだ。
どんなに酷いことをされるか、想像するのも悍ましいことだった。


「殺すつもりはありません。貴方を失うこととなれば、阿斗様が悲しまれるので」

「は…っ…」


阿斗様、阿斗様とうるさい。
もう、黄皓の口から阿斗の名前を聞きたくなかった。
酸素不足で意識は朦朧とし、力無く横たわる悠生の瞳からはぽろぽろと生理的な涙が溢れてくる。
ショックで言葉を発することも出来ず、ぐったりとした悠生を抱えた黄皓は、部屋の隅にあった寝台の上に転がした。


「…悠生殿の体調が優れないようですので、今日のところは失礼致します」


あれほどの暴力をふるったくせに、黄皓は何事も無かったかのように、悠生を残して足早に退室した。
悠生は手の甲で涙を拭ったが、恐怖を拭うことが出来ずに、次々に涙が滲む。
黄皓は阿斗以外、見えていないのだ。
阿斗の周りに居る人間を、排除したくてたまらないのだ。


「…ダメ…だってば…」


呼吸が落ち着いても、震えが止まらない。
あまりに強く締められたため、首がひりひりと痛んだ。

今はまだ、阿斗にとっての黄皓は、大勢居る文官のひとりなのだろう。
いつか、劉禅の傍に並ぶこととなる黄皓の立場を、悠生が代わりに…ということになれば、黄皓の暴挙は未然に防ぐことが出来るかもしれない。
だが、それよりも前に、黄皓に絞め殺される可能性も否定出来ない。

とても、恐ろしかった。
友達が出来なくて一人で孤立したことはあっても、憎しみや殺意を向けられたことなど、一度だって無かったのだから。
でも、阿斗の未来のためには、黄皓の罵声も暴力も、我慢しなければならない。
黄皓を引き離すことが出来ないなら、阿斗の隣に並ぶことを、早く皆に認めさせるしかないのだ。
だがそれも…、タイムリミットがある。
無力な子供には、大人になるまで待ってもらえる十分な時間が無い。


(僕に、黄皓どのの居場所を奪う権利なんて…、邪魔なのは…僕の方なのかな…?)


直に、習い事を終えた阿斗が遊びに来るはずだ。
きっと、黄皓から適当な事情を聞いているであろう侍女達は、阿斗を部屋に入れたりはしないだろう。

…今は、誰にも会いたくなかった。
阿斗の顔を見たら、泣いてしまいそうだ。



END

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