愚か者の嘆き



「趙雲殿から、悠生殿は最近字を覚えたばかりと聞きましたが、本当ですか?」

「はい。僕は学問を習ったことがありません。筆も上手く使えません。黄皓どののお手を煩わせてしまうと思います」

「構いませんよ?私が望んだことです。やっとの思いでこの役目を手に入れ、阿斗様のお近くに戻れたのですから…」


阿斗様、と黄皓は言った。
とても苦しそうな、辛そうな顔をして。
悠生の唯一の友の名を口にした黄皓は、憎しみをぶつけるかのように悠生を睨んでいる。
そこにあるのは、激しい悔恨のようだった。
悠生は冷静になろうとつとめ、黄皓に関する知識を巡らせ、結論を出した。

阿斗だ。
黄皓は、阿斗が悠生を気に入っていることが、許せないのだ。


「黄皓どのは、阿斗さまのことが…」

「ええ、私は誰より阿斗様をお慕いしておりますが。何か問題でも?…悠生殿には分からないでしょうね。私のこの想いが、貴方に理解出来るはずがない」

「そ、そんなこと言わないでください。僕だって、阿斗さまが…一番好きなんです。黄皓どのも、同じですよね?」


黄皓は出世のため、劉備の嫡子に取り入ろうとしている、と考えるのが妥当だが、目の前の男は、別の意味で阿斗を見ているような気がしてならない。
黄皓は、本当に阿斗のことが好きなのだろう。
だが、友情だとか、家族に対する愛情だとか…きっと、そういう意味合いではないのだ。
それゆえ、黄皓は悠生を嫌っている。
努力もせずに、阿斗の傍に居ることを許された悠生を、妬み恨む人が居ない方が不思議であろう。
今まで、誰にも指摘されなかっただけで、悠生は多くの人に嫌われていたのかもしれない。


「同じ?悠生殿と私が?…ならば何故私は阿斗様の隣に並べないのですか?情けで救われただけの貴方こそ、阿斗様に釣り合う人間だとは到底思えませんね」

「僕に力が無いことは…自分が一番分かってます。だけど、黄皓どのみたいに卑しい考えはこれっぽっちも持ってません!僕はただ、阿斗のことが…っ…」


思わず感情的になってしまったが、最後まで言わせてもらえなかった。
ぐるりと、視界が反転する。
悠生は、自分の考えが正しかったことを、身を持って実感するのだった。

がつんと後頭部を床に打ちつけた。
思い切り胸を押され、突き飛ばされたのだ。
倒れた身を起こす間も無く、黄皓は馬乗りになり、痛みに呻く悠生の首を両手で締め上げた。
ぐ…と力を込められてしまい、呼吸もままならない。


「卑しい…?分かったような口を聞きますね。悠生殿こそ、その見目で阿斗様を誑かしたのでは?」

「っ…く…!」


その細腕からは考えられないほどの力だ。
息苦しさから涙でにじむ視界の先には、ひとつも感情を浮かべない黄皓が見えた。


「何故…!私ではなく、悠生殿なのか…全く理解が出来ない…!」

「こ…っ…どの…!」

「私が…どれほど阿斗様を想ってきたか…」


 

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