愚か者の嘆き
「大丈夫、です。もう、こんなことは無いようにします…」
「悠生殿、黄皓殿が嫌なら、嫌と言いなさい。無理をすることは無い。やはり私がこのまま…」
「嫌じゃありません!嫌なはずが…無いです。だって我が儘な子供は、阿斗の隣に並ぶのに、相応しくないでしょう…?」
阿斗のことを抜きにしても、悠生の強がりが、趙雲に分からないはずがない。
嫌なものを嫌と言って逃げていたら、いつか呆れられてしまう。
それに…、新しい先生が黄皓じゃなくても、上手くやっていけるかは分からない。
だったら、誰だって変わらないではないか。
泣きそうな顔を見られたくなくて、視線を逸らすが、趙雲は悠生の心を探るつもりなのか、慎重に言葉を続けていた。
「黄皓殿は、誠実な御仁だ。きっと良くしてくれる…と言いたいところだが、先程の…何か理由があるのだろう?」
「……、」
「無理に口を割らせたりはしない。話せるようになったら、話してくれれば良い」
そうやって心配してくれるのは、凄く嬉しい。
だが…、悠生は黙って首を横に振った。
こればかりは、趙雲に相談する訳にもいかないだろう。
黄皓はいずれ阿斗を暗君にしてしまうから嫌いだ、なんて言ったら皆に叱られる。
趙雲はまだ何か言いたげだったが、悠生が頑なに口を閉ざしているため、それ以上尋ねようとはしなかった。
不安事があるためか、明日にならないでと祈っているのに、時間が過ぎるのが早く感じる。
あっと言う間に次の日になってしまい、普段なら楽しい朝餉の時間も気が重く、なかなか食が進まなかった。
悠生は習い事に行く阿斗と別れて、憂鬱な気分を拭えぬまま、自室へ戻った。
部屋に到着するなり、硯で墨を削り、筆を出し、すぐに勉強が始められるよう用意をしておく。
趙雲ではなく、黄皓のために準備をしているのだと思うと腑に落ちないが、教えを受ける側なので文句は言わない。
「失礼致します」
静かな部屋に、軽いノック音が響いた。
悠生はびくっと肩を跳ねさせたが、深呼吸をし、速まる鼓動を落ち着かせた。
こうも緊張していては、今日一日だって身が持たないかもしれない。
誰にでも好かれそうな笑みを携え、黄皓は悠生の前に現れた。
「黄皓どの!今日から宜しくお願いします」
昨日は挨拶もせず見送ってしまったので、悠生は黄皓よりも先に拱手して頭を下げた。
仲良くする気はさらさら無いが、趙雲に大丈夫だと宣言した以上、これからは黄皓と上手く付き合っていかなければならない。
何を言われるか、内心びくびくしながら顔を上げたら、先程までの黄皓の笑みは消えていた。
唇を結び、じっと悠生を見ているのだ。
(な、何で……?)
爽やかすぎる笑顔が、どうも胡散臭いとは思っていたが…
その視線に貫かれてしまうのではと不安になるほど鋭い眼差しを向けられ、悠生は更に息苦さを覚える。
互いに黙したままで、暫く嫌な沈黙に包まれたが…、黄皓は唐突に、悠生を小馬鹿にするように鼻で笑った。
よく分からないが、見下された気がする。
人のことは言えないが、あまり良い印象を抱かれていないようだ。
しかし、嫌われる理由が思い当たらない。
悠生は黄皓を知っているが、彼は悠生を知らないのだから。
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