叶わぬ恋
「お酒、美味しい?」
「美味いものではないが、これぐらい飲めなくては話にならぬぞ」
しかめっ面で美味くないと呟きながらも、阿斗は積極的に酒を飲んでいる。
強制されている訳ではないのだから、無理して飲まなければいいのに。
悠生はゲームの年齢制限は守らなくとも、飲酒・喫煙はしないと決めていた。
体に悪いと言われているし、酔っ払う大人を見ても、不快な気分にしかならない。
宴が既に酒盛りパーティになっていたため、悠生は美味しそうな料理をつつきながら、再び阿斗に話しかけた。
「そう言えば阿斗って、音楽は嫌いなんだっけ?」
「何が、そう言えばだ」
「何がって……」
確かに、その質問は突然すぎたかもしれないが、そんなふうに冷たく聞き返されると、困ってしまう。
ふと隣を見たら、阿斗の顔は林檎のように真っ赤で、潤んだ瞳は今にも閉じてしまいそうだった。
これは…間違い無く酔っている。
やはり、お子様に酒はまずかったのだ。
「阿斗、大丈夫?」
「ああ。私は音楽は嫌いだ。ゆえに誰からも教わっておらぬ。必要も無い」
「そ、そう…、なんていうか…、邸に戻る?それ以上飲んだら、明日、頭が痛くなっちゃうよ」
ずっと、未来のことだ。
蜀が滅ぼされた後、とある宴で、蜀の音曲が披露された。
誰もが皆、故郷を思い出して涙した、でも、劉禅だけは笑っていた。
そのような逸話を思い出したのだ。
悠生も、姉とは違って音楽は詳しくない。
クラシックなんか聴いていたら眠くなる方だが、咲良のフルートは好きだった(リクエストしなくても、ゲームの曲を吹いてくれたから)。
音楽が嫌いな阿斗も、もしかしたら、咲良の奏でるフルートの旋律を聴けば、少しはその頑なな心の琴線を震わせることが出来るのでは、と。
思っただけなのだが、こうも酔われてしまえば、音楽に感動するどころの話ではない。
酒のせいでぼんやりとしている阿斗を、こんな賑やかな空間にとどまらせる訳にはいかないだろう。
「阿斗、趙雲どの呼んでくるよ?」
「うむ…」
「ちょ、服、放してくれない?」
しっかりと服の裾を掴まれてしまったため、このままでは動くことが出来ない。
普段とは違う大人しい様が可愛いと思う反面、不安も感じる。
趙雲の名を呼ぶことも考えたが、この位置からは彼の姿が見えないし、騒がしいために悠生の声などかき消されてしまいそうだ。
「あとー…」
「どうされました?」
上から降ってきた声に驚き、顔を上げたら、心配そうに阿斗に手を伸ばす女性…月英がいた。
黄月英は、諸葛亮の妻である。
異国の血が混じった醜女であったと言われているが、無双の彼女は綺麗な女性だ。
月英ならば信用出来るし、阿斗を任せても大丈夫だろう。
悠生は趙雲を捜すのを諦め、月英に事情を話すことにした。
「月英どの…阿斗さま、具合が悪いみたいなんです。邸に連れて行ってくれませんか…?お願いします」
「ええ、その方が宜しいですね。お任せください」
阿斗は悠生にもたれかかり、目を閉じて寝息を立て始める。
なんだか、可哀想だ。
もっと早くに止めてあげれば良かった。
意外に力持ちな月英に抱えられた阿斗は、すっかり眠りに落ちていた。
彼女は宴に夢中な皆に気付かれないようにと、こっそりと宴会場から出て行った。
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