幸福の世界



(ちょっとだけ…似てるんだよな)


じいっ、と穴が空きそうなほど顔を見つめ、記憶の中から思い当たる人物を探した。
少年は一瞬、たじろいだが、負けずに悠生を睨み付ける。


「もしかして…劉備…?」

「き、貴様!!許さぬぞ!父上を呼び捨てるなど…!」

「そっか、君は阿斗か!あ、呼び捨てしてごめんね、阿斗さま」


墓穴を掘った、とでも言わんばかりに、少年・阿斗はギリッと唇を噛んだ。
見覚えがあるはずだ、彼は雰囲気こそ違えども、見た目は無双の劉備によく似ている。
親子ならば当然かもしれないが。

劉備の嫡子、阿斗。
彼の存在により、この世界はやはりゲームの中である可能性が高くなった。
作られた世界、作られた人々。
…現実とは異なる、架空の三国志。


「…死ぬしか、ないのかな…」

「何を申すか!確かにそなたは無礼者だが、私は打ち首にするとまでは言っておらぬ」

「だってさ、僕は…こんなことっ…」

「こ、これ!泣くでない!」


こんなこと、望んでいなかった。
だけど、帰ることは無理だと諦めていた。
姉と再会することも出来ないと、受け入れようとしていた。

…たとえ架空の世界であっても、今は乱世。
力も知恵も無い自分に何が出来ようか。
それだけでも辛いのに、自分はゲームの中に取り込まれたのだ。
そんな非現実を受け入れられるものか。
いくら無双が好きでも、悠生はゲームをプレイすることを楽しんでいただけなのだ。
ここで死んだら跡形もなく消えてしまうのだろう、自分は存在を疎まれる"バグ"のようなものだから。


「ええい、泣くなっ!そなたは顔や声だけではなく、心まで女子のようではないか!」

「おなごって言うな!気にしてるのに!」


阿斗の一言が悠生の逆鱗に触れた。
身長も低めで、声変わりもまだ。
だから、からかわれる。
女みたいになよなよして気持ち悪いと。
こんな自分を可愛いだなんて言うのは、ブラコンの姉ぐらいだ。


「好きな人に何も言えない女々しい阿斗さまには言われたくないっ!」

「なっ、何故その事を!?」

「僕の話を聞く気がないなら帰ればいいだろっ!阿斗のいくじなし!」

「ま、また呼び捨てに…!」


最早、何を言っても悪口になってしまう。
爆発した感情を抑えることは不可能だと思い、悠生は溢れた涙を拭うと、阿斗にあっかんべー!をしてその場から立ち去ることに決めた。
去り際に見た阿斗は、驚きに目を見開かせ、ぴたりと硬直していた。
怒って追いかけてくるかと思いきや、背後は至って静かだった。
ちら、と振り返ってみたら、誰もいない。
さっさと城に帰ったのだろうか。
ならば、二度と会うこともないだろう。


(あれが劉禅…なんだ…)


…別に、自分には関係のないことだが。
蜀の未来なんて知ったこっちゃない。
劉備が亡くなり劉禅が君主となって、蜀が滅亡するまで…病弱な自分がこの乱世を生きていられるとは思わない。

阿斗のせいでいつも以上の疲労を覚えた。
悠生はずずっと鼻をすする。
鈍い痛みと共に頭にずっしりと重みを感じ、背筋には寒気が走った。
こんなふうにだるいのは、熱が出る前兆だ。
今日は早めに寝てしまおうと決め、悠生は世話になっている小さな家を目指した。


 

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