叶わぬ恋
女官に着せかえ人形のように扱われ、正装に着替えさせられた悠生は、何度目かも分からない溜め息を漏らした。
動きにくい恰好を嫌がる悠生を見て、阿斗はにやにやと笑っていた。
馬子にも衣装とは言われなかったが、似合っているとも思えないので、今すぐにでも脱ぎ捨てたい。
「宴、やっぱり僕も参加しなくちゃ駄目?関平どののためだけって言うなら我慢するけど…、僕、人が沢山集まる場所って苦手なんだよね」
「面倒だろうが、仕方なかろう。"ついで"扱いされているのが気にくわんが…」
ついに明日、怪我のために一時帰還していた関平が、荊州の地を守る関羽の元へ戻ることになった。
それゆえ、関平の武運長久を祈るための宴が開かれるらしいのだ。
ついで扱いと言うのは、誰が提案したのか…、悠生の歓迎会も一緒にやってしまおうと、そういう意味らしい。
別に、皆に祝ってほしいとも思っていなかったが、関平と共に宴の主役となってしまった以上、参加しない訳にもいかない。
「阿斗も、あんまり楽しくなさそうだけど?」
「当たり前だ。関平の出陣を祝うのだぞ?あやつは私の恋敵だ!しかも悠生をおまけのように扱われて、気分が良いはずがなかろう」
ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす阿斗はやはりお子様だ。
不満を胸の内にとどめることもせず、次々に愚痴をこぼす。
星彩を愛する阿斗にとって、関平は最大のライバルなのだから、仕方がないと言えば仕方がない。
悠生が知る物語では、関平が亡くなった後も、星彩が想い人を忘れることは決して無かったのだから。
「関平どののこと、嫌いでも良いから、ちゃんと見送ってあげてね」
「…無事に帰還してもらわなくては、星彩が悲しむからな」
自分の欲より、阿斗は星彩の心を案じている(関平が居ては、彼女の心が手に入ることは無いと、分かっているのに)。
阿斗は関平のことを嫌っているが、優秀な武将だと認めているのだ。
本当に、関平が劉禅の傍らに居てくれたなら、蜀が絶望の道を辿ることはなかったはずだ。
今はただ、願うことしかできない。
ひとりでも多くの人に、関平の無事を、祈ってほしい。
蜀は元々裕福な国とは言えないので、宴が大々的に開かれるとは思っていなかったが、今日の宴は本当に、ささやかなものだった。
それほど広くも無い一室に集まった人々は、悠生の知る人物も多く、関平が親しいと思われる人々がほとんどである。
悠生はあまり派手なものを好まないので、これぐらい控え目な方が蜀らしいと思えた。
しかし、ずらりと並べられた料理は、普段目にしないような豪華なもので、とても良い匂いがした。
(でも、お酒は欠かさないんだな…)
挨拶もそこそこに、誰が酒樽を割ったのか、いつの間にか狭い部屋には濃い酒の匂いが充満していた。
宴の主役である関平は張飛に絡まれていて、明日には戦場に向かうと言うのに、無理矢理に酒を飲まされている。
星彩の父親だから断れないのだろうが、関平が酒に強いとは思えず、見ているだけでハラハラしてしまう。
悠生は自分の席から一歩も動かず、始終つまらなそうにする阿斗に小さな声で話しかけた。
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