大人になるまで



「もしや…昨夜のことですか?」


思い当たる節があるのだ、趙雲は。
昨晩、悠生と趙雲の会話を、阿斗はしっかりと盗み聞いていた。
もともと眠りが浅く、寝たふりをするのも得意なため、悠生に気付かれることは有り得ない。

誰より尊敬している、と悠生は言った。
憧れの人なのだと伝えようと、泣きそうな、それでいてとても切ない声を出して、悠生は趙雲を見つめていた。
その声色から感じられた一つの感情を、阿斗は受け止めることが出来なかった。

…聞きたくない、と阿斗は耳を塞いだ。
悠生が趙雲に奪われてしまうような気がして、ひたすら苦しみに耐えるばかりだった。


「今は、本人も自覚せぬ、憧れの延長であろう。だが、その先にあるものを思えば、悠生はいずれ…子龍を選ぶ気がしてならない」

「阿斗様、私は…」

「頼む、子龍。悠生だけは…何処にも、連れていかないでくれ。あやつを失っては、私はもう…」


出来ることなら、心までも我が物に。
無茶な要求をしているのだろう。
趙雲とは、悠生を傍に置く約束しか交わしていないのだ。
だが、もしもこれから先、悠生と引き離されることとなったら、この尊敬すべき趙雲を信じられなくなってしまう。
もし二人の仲が特別なものとなったら、それこそ…


「…悠生殿を想うならば、阿斗様には、強くなっていただきたく思います。愛する人々を護ることが出来る、強き心を持つ大人に…」

「言われずとも、そのつもりだ」


愛する人を、大事に出来る大人になりたいと思う。
母や尚香を不幸にした父のようには、なりたくない。

きっと、趙雲だけは許してくれるのだろう。
蜀の民ではなく、星彩や悠生を第一に考えることを。
そのせいで国が衰退することがあれども、趙雲はいつまでも、傍に居て支えてくれるはずだ。
信じる気持ちを忘れない限り、ずっと。


「一応、言っておきますが…、私は、決して過ちを犯したりはしません」

「ふん。悠生は女子のようだからな。子龍でも惑わされることが無いとも限らんが…、信じてやろう」

「有り難き御言葉」


星彩への愛と悠生への想いが似通っていることを、阿斗は自覚している。
だからこれほど必死になっているのだ。
悠生が趙雲と共にありたいと願う前に、阿斗のことしか考えられないように。


(悠生の幸せが…私自身になれば良い…)


早く、大人になりたい。
趙雲のように強く、大きな男になりたい。
そうすれば、悠生の心をつなぎ止めておくことも出来るのに。

馬超に背負われた悠生を見付け、阿斗は趙雲を追い越した。
先に辿り着いて自分の名を呼ばせる。
ささやかな、だが、精一杯の対抗心だった。



END

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