大人になるまで
「何だ。問題無かろう?」
「いえ…悠生殿がご心配ですか?」
「…っ…当然だ!あやつは私のものだ!!」
思わずカッとなり、阿斗は苛立ちを隠しもせず怒鳴り散らしてしまった。
趙雲に非は無いのだ。
これはただの八つ当たりである。
趙雲の口から悠生の名が出ただけなのに。
何もかもが気に障り、不快だった。
じんわり汗をかく程度の暑さも、井戸を汚した罪人も、そして目の前の優しい男にも。
「悠生殿は、物では無いでしょう?」
「だが…悠生は…!」
「阿斗様。何を焦っておられるのです?」
趙雲にしっかりと見つめられた阿斗は、逃げ場を失うが、それでも目線は逸らさなかった。
一生を費やしても追い越すことは出来ないであろう趙雲を、挑むような目で睨みつける。
焦ってなどいない。
勿論、怯えている訳でもない。
「私から義母上を…、尚香を奪ったのは、父上と子龍だ」
「奪ったのではありません。奥方様を巻き込ませぬよう、丁重にお送りしたのです」
「子龍!」
そのような詭弁、聞きたくもない。
孫尚香は呉国皇帝・孫権の妹御である。
劉備に嫁いだ若き姫君は、母を知らずに育った阿斗の義母となった。
同盟のための政略結婚ではあったが、二人の仲は至って良好だった。
阿斗はうつけを演じながらも、優しく美しい尚香に心を開き、実の母、もしくは姉のように慕っていたのだ。
驚くほど、僅かな期間だったのだが。
「大人は…私から、全てを奪うつもりか?初めて私だけのものとなった悠生までも?さすれば私には何が残るというのだ」
「悠生殿は、己の意思で阿斗様を選んだのです。何があろうとも、阿斗様が悠生殿を信頼し続ける限り、悠生殿は貴方様の傍を離れたりはしません」
「……、」
何も知らない子供のように、悠生は純粋だ。
痛いぐらいに手を握り、半ば強引に約束を取り付け、あらゆる手を尽くし悠生を束縛した。
それでも不安は無くならない。
父に、そして趙雲に。
奪われたものが、大きすぎた。
「悠生は、私よりも、子龍を好いているのではないか…!?」
「何を根拠に…」
阿斗は悠生に出会ってから、ずっと胸に抱えていたわだかまりを吐露した。
勝手なことを言っている。
本心では星彩を一番に愛している阿斗が、悠生からは一番に想われたいなんて。
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