幸福の世界



悠生がこの村へ来て、既にひと月が過ぎていた。
最後に残しておいた白雪姫も、もうすぐ話し終えるのだが、明日からはどうしたものか。
記憶している童話やおとぎ話は、とっくに話し尽くしてしまったのだ。
幼い頃、仕事に忙しい母に代わって咲良が語り聞かせてくれた物語の数々。
昔から悠生は、姉が一緒に遊んでくれる時間が、何よりも楽しみだったのだ。
ゲームだって、二人で遊んだ方が一人の時より何倍も楽しかった。


(咲良ちゃんは…何処にいるのかな…)


元気だと良いな、と心の中でそっと呟く。
空は怖いほど青く澄んでいて、広かった。
もし咲良が同じ空の下にいるのならば。
…だとしても、再会はほぼ不可能だろう。
どれほど恋しく思ったって、きっと、再び姉に名を呼ばれる日は来ないような気がした。


「おい」

「え?ごめんごめん、ぼうっとしてた。それでね、森に遠乗りに来た王子様が…」

「そうではない。最初から話してみよ」


カチン、とくる。
あまりにも傲慢な態度に驚いてしまった。
いつの間にか、子供達の輪の中には見知らぬ顔があった。
横から口を挟んでおきながら、フンと鼻を鳴らす自分勝手な男の子。
見る限り、悠生よりも年下であろうが、そのひねくれ方は尋常ではなさそうだ。


「何言ってるんだよ!悠生お兄ちゃんを困らせるなよ!」

「お前、余所者だな!どこから来た!」


突如現れた見覚えのない存在を敵視し、やんちゃな男の子達は恐れることなく突っかかっていく。
庇ってくれるのは嬉しいが、彼らの間に争いが起きてしまっては困るのだ。
仮にも世話をしている身であり、喧嘩などさせて怪我を負わせたら、信用も無くなれば居心地も悪くなる。


「後で特別にお話をしてあげるよ。それまで待ってくれる?」

「そなた、この私を待たせるというのか!?」

「……、子供の前で我が儘言って恥ずかしくないの?僕も子供だけど。良いからほら、此処に座ってよ」


ぽんぽん、と隣に座るように促す。
子供達に比べたら遥かに背が高い少年は、すこぶる機嫌が悪そうだったが、口を噤んで渋々腰を下ろした。


(…この子、どこぞのお坊ちゃん?)


納得いかないと喚く子供達を落ち着かせ、悠生はクライマックス部分を話しながらも頭の隅では少年のことを思案するという、器用なことをやってのけた。

苛立ちを隠そうともせず、不機嫌さを露わにする少年。
せっかく、綺麗な顔をしているのに(見覚えがあるような、無いような)。
身なりも良く、その服は村人のものとは違って肌触りの良さそうな布が使われている。
年下だとは思うが、年齢も自分とあまり大差ないように思う。
遠乗りの途中で村に立ち寄ったのか?
それにしても、護衛も付けないで物騒だ。


「…で、目を覚ましたお姫様は王子様と森で幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


きゃあっと歓声があがった。
今日も満足してもらえたようで一安心だ。
ハッピーエンドならこうやって笑ってくれるし、悲恋など、切ない最後であれば、大きな瞳に涙を浮かべて可哀想だねと呟く。
素直な反応は、それだけ悠生の話に真剣に耳を傾けてくれているという証拠だろう。

悠生は子供達と触れ合うことで、以前よりも喋るようになった(世間的に見たら、まだまだ無口なのだろうが)。
ほとんど口にチャックをしたままの自分が、こうしてお喋りをすることで、人の役に立っている。
弟の成長を、咲良が知ったらきっと喜んでくれるはずだ。


 

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