大人になるまで



"阿斗"の名は、母が赤子を腹に宿した時、北斗七星を飲み込む夢を見た…、そこから名付けられたという。

母は、長坂から脱出後、亡くなった。
母の顔を知らずとも、寂しさを覚える日は少なかった。
優しく従順な乳母が居たし、身の回りの世話をする侍女も沢山居た。
趙雲も居た。
父の背より、趙雲の背を見て育った阿斗は、彼を子龍と呼び慕っている。

嫡子としての生活が、特別つまらない訳でも無かった。
理解出来れば、勉学だって楽しいものだ。
星彩の美しさに心奪われ、彼女を后にと目論んでいるが、元服するまでその望みは叶いそうにない。

しかし、悲惨な境遇と生まれ持った才能のせいで真っ直ぐ育つことが出来なかった阿斗は、誰にどのような悪戯を仕掛けるか、毎日そればかり考えていた。
人を困らせて面白いことは無い。
皆に、嫡子はうつけであると認識させるためだけの行動である。
趙雲には、薄々気づかれていたようだが。


(私は、父上の身代わりになどなりたくはない…)


阿斗は、父・劉備が憎くてたまらなかった。
弱き民や自らを慕う将ばかりを慈しみ、母を死なせた父。
家族、など、どうだっていいのだ。
蜀の国が繁栄し、漢室の血が後世に続いていけば、劉備はそれで満足出来るのだ。

義、とは何であろうか。
説明されたって分からない。
理解したくもない。
事実、義を掲げる皇帝は、家族を大事にすることも叶わないのだろう?
そのような父の意思や志を、誰が好き好んで受け入れるものか。

うつけのふりをしていれば、この子は頭が可笑しいと、いつしか父も諦め、新たな世継ぎを立ててくれるのでは。


(その計画も、今となっては全て水の泡だ)


半ば躍起になり何年も適当な芝居を打ってきたが、最近はどうも地が出てしまう。
趙雲と交わした約束を律儀に守っている阿斗は、やはり悠生に入れ込んでいるのだと、自ら納得するのだった。


先程、汲み上げたばかりの井戸の水は透き通っており、不純物も含まれていない。
だが、村人達が異変に気付いた時、水は微かに白濁していたのだという。
何らかの理由によって汚染された井戸水を飲料水として使用し、病にかかった。

貧しい村である。
毎日を生き抜くのが精一杯である彼らが、衛生面に気を使う余裕は無い。
たった一晩で、狭い村中に疫病に感染してしまったのだ。


「人為的なものだな」

「ええ、間違いありません。池の水は白濁するなど変化は見られなかった模様。自然現状であれば、どちらにも同じく影響が現れるはずです」

「何者かが、何らかの理由で、井戸に毒を投げ入れたと言うことか…つまらぬことをする…」


趙雲達が水質の調査をする様子を眺めていた阿斗だが、原因を把握すると、チッと舌打ちをし、その場から離れた。
…愉快犯か、他に狙いがあるのか。
どちらにしろ、ここまで卑劣な行いが蜀の中で起きていると思うと、腹が立って仕方がなかった。


「幕舎へ戻る」

「阿斗様、お待ちください」


これ以上自分が居ても意味は無いだろう。
医療活動は医師に任せておけば良いし、犯人も、村に残っているとは思えない。
すぐにでも城へ戻れるはずだ。
村人が元の生活を取り戻せるよう手助けするのに、馬超や趙雲などは必要無い、下の者に任せておけば良い。


 

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