ある男への挽歌



「妲己は悪事を働こうとしておる。手遅れになる前に、誰かが妲己を止めなければならぬ」

「じゃあ、此処の社の言い伝えのように、仙人に封じてもらえば良いじゃないですか。僕には何も…出来ません。僕は、選ばれた英雄なんかじゃない。僕はただのバグなんです」

「喩えそなたが脇役者であろうとも…、そなたは一つの可能性を知った。未来を変える英雄となるか、罪人となるかは、そなたの選択次第じゃよ。…小生は見ておる。遠くから、そなたら姉弟の行く末を」

「っ……!!!」


…左慈の声、が聞こえた。

悠生は老婆の声と口調が、聞き慣れた道士のものに変わったことに激しく驚いた。
真実を確かめようとするも、立っていられないほどの突風が吹き、瞬間的に意識が飛んでしまう。
ぶわっと砂塵が宙へ舞い上がり、鳥が一斉に飛び立ったかのような羽音だけが、長らく耳に残っていた。



「…悠生殿、気は確かか!?」

「んん…、え、馬超どの…?」


気付けば、馬超に体を揺さぶられていた。
本気で焦っているのか、唾が飛んでくる。
どうやら先程の老婆が、倒れている悠生を見つけ、馬超を呼んだらしいのだ。

のほほんと微笑む老婆は、別人としか思えなかったのだが。




「馬超どの…、やっぱり、おろしてくださいっ!僕、自分で歩けますから!」

「嘘を言っているな?貴殿は大人しく俺に背負われていれば良い」


事情を知らない馬超には、具合が悪くて倒れたと勘違いされてしまったのだ。
この年齢で他人におんぶされるなんて、情けないやら申し訳ないやらで、悠生は素直に馬超に身を任せることが出来なかった。
何度となく、違うと言っても聞き入れてもらえず、馬超は「これだから子供は…」と愚痴を呟きながらも急ぎ足で幕舎を目指していた。

悠生と言えば、頭がパンクしそうだった。
阿斗との関係を悩んでいた、そんなのはまだまだ可愛い話だ。
あの老婆…ではなく、老婆の姿を借りていた何者かに、長々と妲己の話をされたのだから。


(あれは、左慈…?でも、どうして…)


白い扇のような頭を見た訳では無いが、雰囲気や"小生"という珍しい一人称、喋り方から、相手があの仙人だと見当を付けた。
だが何故、左慈はあえて悠生の元へ現れたのだろうか。
左慈は現実に、存在した道士である。
もしかすると、悠生と咲良がこの世界へ飛ばされた経緯に、何かしら、左慈が関与しているのではないだろうか?


「悠生殿、何を考えておられる?」

「…馬超どのは…、大事な人を失う代わりに、ひとり、大事な人が生き返るとしたら、どうしますか?」


馬超の足が止まった。
やはり妙な質問だと思われたのだろうか。


「貴殿は、確か村が賊に襲われたのだったな。大切な者を、失ったのか?」

「はい…。お姉ちゃんを…」

「それは気の毒だ。だがな、どんな理由があれども、死者を黄泉の国から連れ帰るなど…、正義では無いと、俺は思うがな」


背負われているため、悠生に馬超の表情は見えなかったが、その声色は何故だか悲しげだった。
馬超の掲げる正義じゃ、ないから?
でも、記憶にだけ残っている大切な人達に、会いたくない訳じゃないでしょう?

馬超の一族は、家臣や妻子まで曹操軍に殺されてしまった。
生き残ったのは従兄弟の馬岱だけ。
故郷を追われ、家族を失い、馬超は無念に打ちひしがれたことであろう。


(ホウ徳も…もう、いないのかな…)


魏将であるホウ徳は、以前馬超に仕えており、曹操との一件で袂を分かち、二人は敵同士になってしまった。
彼もまた、馬超の大切な人だったはずだ。

現在、蜀は荊州の地を守るため、関羽を派遣している。
関平が成都に戻っているので、彼ら親子の悲劇はまだ先の話なのかと思っていたが…、もし、悠生が思うよりも、時の流れが速まっているのだとしたら?


 

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