ある男への挽歌



「ごめんなさい、不思議な建物だったから、近くで見てみたかったんです」

「不思議…とな。そなた、村の者では無いな。村の子らは気味悪がって此処へは近付かぬ。さては…良からぬことを企んでおるな?」


その言い方ではまるで、頭の可笑しい子供と言われているかのようだ。
ムッとした悠生は、悪さなどするつもりも無かったが、ぶっきらぼうに「そうです」と答えた。


「此処は数百年も前、殺戮を繰り返した悪しき九尾の魂を封じ、静めるための社であった。じゃが、混沌を望む者に追いやられ、月日と共に封印が弱まり、ついには悪しきままの魂を世に放ってしまったのじゃよ」

「九尾…って…。じゃあ、この村の人が苦しんでいるのは狐の悪戯のせいですか?何でそんなことを望むのか、僕には理解出来ません。妖怪も、人間も、綺麗なものじゃないよ…」


乱世に更なる混乱を。
平和を望む劉備を目の敵にする人間は、少なからず存在する。
老婆の話は胡散臭いが、村に疫病を蔓延させた者が狐であれ人であれ、劉備の心に反し、乱を望む者なのかもしれない。

九尾とは、つまり、狐の妖かしである。
まず思い当たるのは妲己だ。
三国時代よりもっと昔、妲己は殷の王の皇后であったが、国を衰退させるほどの悪女であり、最終的には処刑された。
伝承が語り継がれるうちに巫女であった、九尾の狐が化けた妖怪であったと様々な説が生まれた。

まさか、あの妲己本人が此処に眠っていたとは到底思えなかったが、老婆の言うことに信憑性があるのならば、この村の悲劇に妲己が関与している可能性もあるはずだ。


「ほう…妲己を知っておるのか。確かにあれも厄介な女狐じゃな」

「……?」

「かつて此処に封じられておった妖狐は、逃げる最中、仙人によって再び封じられた…そう伝えられておる。しかし、妲己はまた別の物語じゃ。そなた、封印を解かれ世に放たれた妖狐を自由にさせた結果、世界がどうなるか…分かるじゃろう?」


心を、読まれた?
老婆は色気の無い唇をつり上げ、動揺する悠生を舐め回すように見詰める。
同時に、酷く嫌な予感がした。
もしかすると、バグの存在が…、元々定められていたストーリーを変えてしまったのでは?

だが、妲己がこの世に舞い戻ったらどうなるかなんて…、答えはひとつしか無いだろう。
世界は混沌に陥り、力を持たない弱き者は苦しみ、力を持つ非道な者は混乱に乗じて世を掻き乱す。


「たくさんの人が死ぬんだ…。でも、無双の力を持つ武将達が悪者を倒してくれるんです。それが、僕の知る歴史…それしか、知りません」


老婆はにやりと笑う。
当たらずとも遠からずということか。

罪を重ねた妲己は幽閉されていたはずだが、老婆の話を聞く限りでは、既に彼女は仙界から脱走していると考えて良いだろう。
妲己が力を取り戻し、大罪人・遠呂智の脱獄に手を貸すことがあれば、いずれ世界が地獄となってしまう。
まさにそれは、無双OROCHIの世界だ。
遠呂智の世界は、無双の登場人物が時代に関係なく大集合していた。

…沢山の人間が死ぬ、だが、同じぐらいの人が生き返るかもしれない。
死した人間の御霊を呼び戻す特殊な力が存在すると考えれば、有り得ない話ではないのだ。
しかし、そんな夢のような話を信じる酔狂な者は、まず居ないだろう。


 

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