心は憧れ




「大丈夫。そんなにつらくないよ」

「馬鹿者!さっさと幕舎に戻るぞ!」

「ちょ、待ってよ!黙ってて…、趙雲どのには、言わないでほしい」

「何だと?」


長く伸びた黒い影が、手を繋いだ。

間髪入れず、ぐいぐいと手を引っ張る阿斗を悠生は慌てて制止する。
阿斗はお子様のくせに、力は強かった。
確かに、体が重く、だるくなってきた気がしないでもないが、ここで弱音を吐く訳にはいかなかった。


「趙雲どのに、褒められたんだ。乗馬が上手になったねって。それなのに…こんなに早く、呆れられたくない」

「意地を張ってどうするのだ!倒れられでもしたら、それこそ、皆に迷惑をかけることになるのではないか?」

「わ、分かってるけど…、そんなんじゃ、何のために連れてきてもらったか分からないじゃないか。せめて、今日一日ぐらいは…」


具合の悪さを自覚した途端に、吐き出す息までが熱っぽくなってきた。
思った以上に、体調が崩れてきているようだ。
阿斗の言う通り、この忙しい中、悠生までも病人となってしまったら、皆に多大なる迷惑をかけてしまう。
足手まといになると思ったらとても悔しくなり、唇をぎりっと噛んでしまった。
これは、なかなか直らない悪い癖だった。
自分の体調管理も出来ないようでは、阿斗の隣に並ぶには相応しくないと…、事実であっても、言われたくない。


「ねえ、阿斗…もしかして、僕が具合悪くなってるって気付いてた?」

「…私は知らぬな。井戸も、一応見ておくか。見るだけだぞ」

「う、うんっ!」


都合の良い考えと思われたかもしれない。
だが悠生も、今さっきまで無気力だった阿斗を気にしていたのだ。
心配性なのは、お互い様だろう。


その後、半刻も過ぎないうちに、立っていることさえも辛いと感じ始めた悠生は、青白くなった顔を、適当な理由を付けて誤魔化すことも出来なくなっていた。
悠生の体調不良を趙雲に隠しきれるはずがなく、幕舎に戻った途端、病人扱いされてしまうのだった。

辺りが暗闇と静寂に包まれた頃、悠生は具合の悪さを引きずりながら目を覚ました。
薬を飲んだので熱は引いたが、頭はズキズキするし、体の節々が痛んでいる。

闇に目が馴れるまで暫くじっとしていた悠生だが、寝返りを打つと、隣にすやすやと寝息を立てる阿斗を見て、ほっとした。
更にごろりと転がって反対側を見ると、目を閉じた趙雲が胡座を組んで座っていた。


 

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