心は憧れ



そう言うと、阿斗はいつものように笑んでくれたので、悠生は未だ疑問を抱えながらも、応えるように笑った。

この村の生活用水は基本的に土を深く掘って作った井戸、地下水を使用している。
しかし、村の近くには広大な大河が存在しており、その分流した小さな川の水が村の池にも流れ込んでいるようだ。
ならば何故、その豊富な水を使わない?

気になって、阿斗と二人で池の周りを探索していると、生い茂る木々の中に古い建物が聳えていることに気が付いた。
たとえるなら…、田舎町で夏祭りが開かれる、小さな神社のような。

村が位置するのは乾燥地帯のはずなのに、池と建物の周辺だけは、一歩足を踏み入れるだけでぐちゃりと音がするほど、泥ばかりだった。


「なんか、不気味だね…」

「ふん!妖かしが祀られているのだろう。悪しき者は神にも成りうるゆえ、村民はこうして崇めているのではないか?気休めにもならんだろうが」

「つまり…この社がある池は聖域で、皆が池の水に手を付けたら、神様の逆鱗に触れて祟りが起こるとか?」


憶測の域だが、妖かし、と言われてもいまいちピンと来ない。
阿斗もその方面の知識はあるらしいが、あまり好んではいないようだ。

悠生はその社から、あまり良い印象を受けなかった。
信仰対象が何であれ、信じる人々が救われているのなら、此方がとやかく言うことは出来ない。
せめて…此処の神様が、困惑する村人達に手を差し伸べてくれたら良いのに。


池の水は覗き込めば底が見えるほどに透き通り、太陽の光を反射して、めまいを起こしそうなほど眩しい。

広場にいくつも幕舎が建てられ、重症者から次々に担ぎ込まれていく。
遠目から見て分かったのは、人々の肌に水疱のようなモノが出来ていたこと。
水疱瘡のような症状だと思った。
あれは病院に行き、ちゃんとした薬を処方してもらわないといけない。
大人になってから発症すると治りにくく、命にも関わる病気だ。
だが、医療の発達していないこの時代には、特効薬なんて存在しない。
皆が必死に手を尽くしたとしても…、悲惨な結果は容易に想像出来た。

いくら慈善活動を頑張っても、救われる人はほんの一握り。
技術が進歩した現代だって、お世辞にも暮らしやすい世とは言えなかった。
一部の人間が努力しただけでは、報われるのはやはり一部の人間のみ。
世界中の人間が皆同じく幸せになる日なんて、訪れるはずがないのだ。


「悠生」

「え?」

「やはり…、熱があるならば先に言え!」


キンキンとした高い声が頭に響く。
阿斗の手のひらが額に押し付けられた(ひんやりとしていた)。
先程まで、暑さを訴えていたはずなのに。
そこで漸く、悠生は発熱していることに気が付いたのだった。
悠生は阿斗の様子がおかしいと思ったが、実は悠生の方が異常だったのだ。

よく見たら阿斗は、汗を流していなかった。
暑いと感じたのは、熱を持っていた悠生だけである。
村に到着した時点では、別に何とも無かったのだが…考えられるのは、久々の遠出と環境の変化に体がついていけず、体調を崩してしまった、ということ。
しかし、元々具合を悪くしやすい体質だから、慣れているし、焦ったりはしない。


 

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