心は憧れ



悠生は愛馬・マサムネに跨り、皆に比べたら随分とゆっくりだが、軽快な蹄の音を響かせていた。

先頭集団と大分距離が開き始めた。
だが、取り残されることはない。
悠生が焦って落馬しないようにと、ぴったりと隣を走ってくれているのは、馬術の師匠の馬超だった。
頭部を覆う派手な装飾が風にあおられてひらひらと靡いているが、視界は遮られないのかと気になってしまう。

一行は南の地へと向かっていた。
蜀の最南端に存在する村で、疫病が蔓延しているとの情報が入ったのだ。
成都からは随分離れた地ではあったが、孤立した村落と言えども同じ蜀の民…見て見ぬ振りも出来ぬと言う。

民の治療と原因の調査を目的とした視察団のリーダーに任命されたのは馬超であるが、諸葛亮の提案で、阿斗と悠生も同行することになったのだ。
何事も経験です、だそうだ。
自動的に趙雲も加わり、一行が目的地へ到着したのは成都を発して数日後…、陽も沈む夕暮れ時であった。


「…お尻が痛い」

「慣れれば何も感じなくなるだろう。それにしても、悠生殿。馬の扱い方が上手になったようだが…」

「馬超どのに沢山教えてもらったんです!」


趙雲に褒められ、素直に嬉しかった悠生は元気良く返事をする。
乗馬だけは絶対に無理だと思っていたが、師匠が良いためか、相当な運動音痴であっても人並みには上達するらしい。
尻が痛いのは初心者ゆえ、仕方がない。


「さて、悠生殿は…皆の活動をその目で見ていてくれるかい?世の現状を知り、何かを感じ取ってほしいのだ」

「お手伝いはしなくて良いんですか?」

「ああ。貴方も疲れていることだろう。今日のところは無理はせず、幕舎に居てくれても構わない。だが今は…阿斗様に付き添ってくれればそれで良いかもしれないな」


振り返って、悠生は阿斗の姿を探した。
すると、彼はひとりきりで…沈む太陽を眺めながら、ぼうっと立ち尽くしていた。
夕陽の下、小さな背中がどこか悲しい。

馬超を始めとし、蜀の兵達は各々の役目を果たそうと村へ散っていた。
趙雲も暫く阿斗の方を気にかけていたが、行ってしまった。

今回、この付近の村で流行っている病は、どうやら空気感染するものでは無く、生活に欠かせない地下水に異変が起きているらしいのだ。
疫病の原因となった水質の調査、病に苦しむ民の治療や、被害状況を把握するためにも村人に話を聞かなければならない。


「阿斗、趙雲どのが、皆の様子を見ていなさいって言ってたよ」

「ああ…分かっている」

「どうしたの?疲れちゃった?」


やる気が無いのか、本当に具合が悪いのだったら心配だが…、悠生の心を知ってか知らずか、阿斗は力なく返事をするのだ。
そもそも、村落の視察など、阿斗には興味が無かったのだろう。
退屈で仕方がなく、早く城に帰りたいと思っているのならば、見知らぬ土地で過ごさねばならないこの状況は、阿斗には苦痛でしかないのかもしれない。


「しかし…暑くてたまらないな」

「え?そうだね…うんざりしちゃうよね」

「……。村を一回りしてみたい。それほど広くはない、すぐに済むだろう」


 

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