花の言葉



(阿斗のこと、大好きなのになぁ…)


叶うならば、阿斗とずっと友達でいたいと思う。
だが、故郷に帰りたいと願う自分が居る限り、頷くことは出来ない。
いくら大切にされても、応えられない。
これほど多くの不安を抱えながら、阿斗の傍に居たいなどと、言えるはずがなかった。


「私は…、父上が嫌いだったのだ」

「劉備さまのことが…?」

「父上は大事な者から順に序列を付ける。一番は義兄弟、次に将だ。そして、弱き民衆を案じられる。つまり、父上にとって妻子というものは、代わりは幾らでも居る、どうでも良い存在なのだ」


阿斗が口にした内容は、子供の言葉とは思えぬ重々しいものだった。
徳の人とうたわれた父を否定する、息子。
たとえようのないほどの深い悲しみを感じ、悠生は思わず、繋いでいた手を強く握った。
すると、阿斗は少しだけ笑った。
今にも消えてしまいそうな、寂しげな笑みだった。


「私には解せぬ。どうして、あの優しき義母上までも、蔑ろに出来よう。所詮はその程度のものなのだ。父上は私のことを…一番に思ってはくださらない」


ぐっ、と手のひらに力が込められた。
少し痛かったが、顔には出さない。

劉備は長坂で、奇跡的に救われた我が子より、決死の覚悟で戦場を突破した趙雲の無事を、泣いて喜んだという。
将兵を大事にする劉備の気持ちも分かるが、それで家族を蔑ろにしていい訳はないだろう。
阿斗の生母も、その後すぐに亡くなった。
彼が言う"ははうえ"は実母である甘夫人のことではなく、その後の正夫人・孫尚香のことなのかもしれない。

だから今、阿斗に母親は居ないのだ。
決して、愛されることはないのだと…切ないほどに思い詰めるようになった。
本来なら尊敬すべき父親にまで、不信感を抱いたまま、阿斗の心は完成してしまったのだ。


(苦しいのに、苦しいなんて言えなかったんだよね…。だって、阿斗の心を傷付けたのは、蜀の皆なんでしょう…?)


阿斗…劉禅の後世の評価は酷いものだ。
趙雲に救われた赤子が蜀を滅ぼしたと、笑い者にされ、バカにされて。


「子龍だけは…父上より、私を理解してくれた。だがあやつも、父上の仁徳に魅せられた者。皆、同じなのだ。私のことなど二の次だ!」

「違うよ!そんなの…違う…」

「そうだ、そなただけは、違ったのだよ…」


泣きそうな顔をして微笑む阿斗を見て、悠生は胸がずきずきと痛んだ。
迷わず思い切り抱き締めてあげられたら良いのに、手を伸ばすにはもう少し、勇気が足りない。


「初めてだったのだ。同じ目線で語り合える、友という存在が…」

「阿斗…僕も、同じなんだよ?阿斗が初めての友達なんだ。阿斗が僕の手を引っ張ってくれて、本当に、嬉しかったんだよ…」


言葉を伝えるのに必死で、息をするのも苦しい。
だけど、手はしっかりと繋がっている。
初めて出来た、家族以外の、居場所。
何より大切なものが、此処にあるのだ。


「悠生。生涯、私の傍に居てほしい」

「だ、だから…プロポーズだって、それ」


真剣な会話の途中だが、悠生は恥ずかしさに頬を赤くしつつも、ぶふっ、と噴き出してしまった(阿斗が目を見開いた)。

心臓が壊れそうなほどどきどきしているし、手のひらは緊張で汗ばむ一方だ。
…でも、離れたくない。
今、此処で勇気を出さなければ、この手が離れていってしまう。


(そんなの、嫌だ)


静かに息を吐き、阿斗に向き直った。
いつかは、自立しなくてはならないのだ。
自分の足で歩き、進むべき道を選ぶ。
そのとき隣に居るのは咲良ではなく、阿斗なのかもしれない。


 

[ 54/417 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -