花の言葉



阿斗に連れられ、行き先も分からないまま、ついに城を出てしまった。
門番への言い訳は、「許可を貰った」の一言だけだ。
高い塀に囲まれた城に暮らし始めてから、悠生が外へ出るのは初めてのことである。
徒歩と言うことは、そこまで遠出をする訳では無いのだろうが…


「阿斗、ねえ、何処に行くの?」

「いずれ分かる」


何を尋ねても、それ以上は教えてくれない。
機嫌を損ねてしまったのかと不安になるが、手を握られたままであることが、悠生を安堵させる。

人気の無い細道を行き、少し歩いたところで、広い空間に出た。


(果樹園?でも、花も咲いていないし…)


花が落ちてから暫く過ぎたであろう、枝ばかりの木々がいくつも並んでいる。
根本に、砂にまみれた薄桃の花弁がかろうじて残っているぐらいだ。
こうなっては、花見も出来無いだろう。


「此処は、父上が望んで作られた桃園だ」

「桃園…じゃあ、これ全部が桃の木なの?」

「ああ。もう少し時期が早ければ、悠生にも満開の桃の花を見せることが出来たのだがな」


劉備と桃と聞くと、当たり前のように、三国志演義でも有名な場面である【桃園の誓い】を思い出す。
美しい桃の木の下で、劉備・関羽・張飛の三人は義兄弟となり、「名字や生まれた時は違うけれど志同じく、死ぬときは皆一緒だぞ」と誓いを立てた。

そこから、短くも長い歴史が始まった。


「でも、花が散っているのに、どうして僕を此処に連れてきたの?」

「…悠生よ、そなたは…父上を慕う義叔父達のように、私に誓ってくれるか?これから何があろうとも、私の傍に居ると」

「え……」


桃園は彼らにとって、何より特別な、神聖な場所とも言えるだろう。
だが花は散り、劉備らが誓いを交わした季節はまだまだ巡って来ないのに。

阿斗は焦っているのかもしれない。
様々な理由が考えられるが、きっと…、悠生と確実な約束を交わしていないから。
確かな言葉を、答えを求められている。
悠生が彼の意に反し、良くない返事をしたら、阿斗はどんな顔をするのだろう。
強がりな阿斗が、泣いてしまうのだろうか。


「だって…僕は…」


素直に頷けたら、どれほど気が楽になることか。
今、こうして蜀に暮らしていても、悠生は咲良のことを忘れられないでいた。
完全に姉の記憶を抹消することなど不可能だ。
咲良の思い出を失ってしまったら、自分が自分でなくなるような気がしたから。


 

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