花の言葉




──天下無敵の阿斗さま。
もしも本当に、永遠の時間というものがあったなら、僕は大好きな君のためだけに生きることが出来る。
所詮は夢のような話なんだけれど。




今日は初めて兵法の勉強をする。
ありがたいことに、阿斗も一緒だ。
悠生は人付き合いが苦手なので、初対面の先生と二人きりにされては、気まずさに耐えきれない。
しかし、兵法を教えてくれる師は、悠生もよく知る青年・姜維である。

彼は麒麟児と呼ばれる天才なのだ。
諸葛亮があれこれ手を尽くして弟子にした、劉禅と共に、蜀の未来を背負う者。
優秀ゆえに、悠生は少し気難しい印象を持っていたが、姜維は思っていたよりも優しいお兄さんだった。


「緑色が味方、赤色が敵です。まずは阿斗様、この駒を自由に動かしてください」


兵法に関しては全くの初心者である悠生だが、姜維は面倒くさがらず、丁寧に説明をしてくれた。
広い机の上に、山や森を象った箱庭のような模型が置いてある。
二色の凸型の駒が一定間隔に配置してあり、遊び感覚で戦のシミュレーションをして、兵法を学ばせるのだ。

阿斗が駒を持ってじっくりと考えている姿を、悠生は隣で眺めていた。
こうして見ると、やっぱりまだ子供だ。
よく悠生のことを可愛いと茶化すが、阿斗こそ、数年後には劉備のように美しく成長するのではないか、と思わせる顔である。


「ああ、そうですね、此方の森に伏兵が潜んでいる可能性を考慮すると…、では、悠生殿ならば、どのようにして軍団の危機を救いますか?」

「えっと…これは、こっちで…」


姜維はきっと、素人の悠生に正解が出せるとは思っていないだろう。
だから、好き勝手にやらせてもらう。
悠生の頭の中に描かれているのは、ゲームでよく目にする布陣図だ。
これがゲームだったらどうキャラクターを動かすか、一つ一つ考えながら、一通り駒を動かしたところで、姜維は驚いたように悠生と模型を見比べた。


「これは…、満点を差し上げたいぐらいです!まさか悠生殿が、ここまで…」

「ほう。悠生、そなたは兵法を学んだことがあるのか?」

「え、無い…けど…」


褒められて悪い気はしないが、城へ来るまで文字も読めなかった子供が、いきなり正解を出してはまずかっただろうか。
だが、今のは口頭だったから答えられたのだ。
それは姜維も痛感したようで、兵法書を読まされても、ずらりと並ぶ文字がほとんど理解出来ず、全く意味が分からなかった。
まずは読み書きを完璧にしなくては、話にならない。



用があるからと、姜維が席を外してすぐ、阿斗はいきなり立ち上がり、隣に座っていた悠生の手を引いた。
反動ですずりがひっくり返ってしまい、墨が滴り床を黒く濡らす。


「わっ、汚しちゃった!」

「構わぬ。悠生、出掛けるぞ」

「え、姜維どのに黙って?良いの?」


課題は終わったから問題は無い、と阿斗は言うが、彼の意図不明な行動に悠生は首を傾げるばかりだ。
昨日は確かに様子がおかしかった阿斗だが、約束通り一緒に寝て、今朝は何事も無かったように、笑っていたのだ。
それなのに…、阿斗がどんな想いを抱いているか、悠生には想像も出来なかった。


 

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