過ぎ去った愛



「趙雲殿にはああ言ったけど、ごめんなさい。私に少し付き合ってくれる?」

「え?」


人形のように美しい星彩に見つめられて、どきりとしてしまう。
全くと言って良いほど表情を変えずに、星彩は言いたいことだけ言うと、スタスタと歩き出した。
慌てて後ろを追いかけるが、足の長い彼女の一歩は大きい。
どうしても小走りになってしまうが、星彩に追い付こうと足を早めたら、彼女は思いも寄らぬ言葉を告げた。


「阿斗様を捜していたんでしょう?」

「えっ!?星彩どのは、阿斗の居場所、知っているんですか?」

「…ええ。趙雲殿にはあまり知られたくなかったから…あなたが居て、良かったわ」


まただ。
趙雲も自分で言っていたけれど、星彩も…どうして阿斗と趙雲を遠ざけようとする?
二人の絆だけは絶対だと思っていた。
趙雲が居なかったら、阿斗は本当に、ひとりぼっちではないか。


「この部屋に、阿斗様がいらっしゃるから。どうか、お傍にいて差し上げて」

「星彩どの……、」

「……、阿斗様の御心に触れて良いのは、悠生殿だけだと思うから」


星彩は手にした鍵を鍵穴に差し込み、悠生に入室するよう促した。
阿斗は愛する星彩だけに、趙雲にも相談出来なかった悩み事を打ち明けていたのだろうか。
それなら、第三者である自分が阿斗の心に触れることは、許されないのでは?

もやもやを抱えながら扉を開け、悠生は部屋に足を踏み入れた。
綺麗に整頓された室内は、真っ暗だった。
窓も締め切られ、長い間換気をしていないのか埃っぽく、酷く空気が悪い。


「阿斗……?」


寝台の上、ではなく、部屋の隅に…床に寝そべり、丸くなって眠っている阿斗を見つけた。
熟睡しているらしく、忍び足で近寄る悠生にも気付かない。
音を立てないように注意を払い、羽織を脱いでかけてあげた。
それだけでは本当に風邪を引かせると思い、掛布を捜して部屋を見て回る。

衣装棚や化粧台、大きな姿見…、星彩に案内されたこの部屋は、女性が使っていたと思われる。
厚く埃が積もっているため、本当の部屋の主は居なくなってしまったのだろうか。


(っ…寒いな…)


寝間着で歩き回ったためか、急にぶるぶると体が震えだした。
これまた埃っぽい寝台の毛布を持ち出すと、悠生は静かに阿斗の傍に膝をついた。
横になっている阿斗に毛布をかけ、一緒になって寝転がった。

間近で阿斗の寝顔を見て、ぎょっとする。
目元が濡れている。
お子様だと思いつつ、未だに阿斗の涙を見たことがなかった悠生は、瞬きも、目をそらすことも出来なかった。


(お母さん…いないんだよね)


阿斗の実母は、赤子のうちに病で亡くなったため、彼は母の顔を知らずに育ったのだ。
母の存在は絶対だ。
小学校に通う年頃の少年が、母親を恋しく思わぬはずがないだろう。
普段、寂しさを押し隠していても、阿斗はまだ、孤独に耐えうるほど強くはない。

悠生は指先で阿斗の涙を拭った。
頬に流れた涙の跡を辿っていけば、さすがにくすぐったさを覚えたのか、阿斗はゆっくりと目を開ける。


 

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