過ぎ去った愛



「阿斗様は時折、人を責めるような目をなさる。憎悪も侮蔑の色も無い、ただ、諦めたような…」

「趙雲どのにも…?」

「大人は、奇麗事を並べる生き方しか出来ないだろう?阿斗様はまだ幼い…、大人の行いを、受け止めきれないのだ」


子供は、大人を見て育つものだから。
生まれたての純粋なお子様も、大人の汚い部分ばかり見せつけられたら、少しずつ心が汚れていく。
悠生だって、まだ子供である。
この時代では大人に分類されても、未完成な心と体は、これから成長するのだ。
誠実な人間に育つか、性格が間違った方向にひん曲がってしまうか。

阿斗はどちらにも傾く可能性がある。
今のままでは、彼は間違い無く史実と同じ劉禅になってしまうのだろう。
何も、変えることが出来なかったら。


「でも、綺麗なだけじゃ、生きていけないと思います…だから、趙雲どのは…」

「…分かっているよ、だが悠生殿。貴方ならば阿斗様を…綺麗なままに成長させることが、出来るのかもしれないな」


大好きな人に、嫌われたら悲しい。
きっと趙雲も、悲しんでいるのだろう。


阿斗を捜して、暫く城内を歩き回ったが、目撃情報さえ得られない。
此処に来るまで、趙雲との間に会話らしい会話は無く、阿斗の身を案じていた悠生は更に不安を覚えてしまう。
そんな沈黙にも慣れた頃、趙雲は突然立ち止まり、思い立ったように口を開いた。


「…仕方がない。悠生殿は一度部屋に戻りなさい。そのような薄着では体調を崩してしまう」

「でも…阿斗を見つけるまで、戻りたくないです」


勝手に行方不明になって、皆に迷惑をかけて、こんなにも心配させて…。
かくれんぼなら、誰かに見つけてもらわなければ、自分から出ていくことは出来ない。
今、阿斗がひとりで居ると思うと…、部屋でじっと待っていられる訳がなかった。


「星彩?」


趙雲の声に顔を上げたら、此方に向かって歩いてくる星彩が見えた。
こんな朝早くに何をしているのかと思ったが、趙雲と悠生の姿に疑問を覚えたのは彼女も同じらしい。


「趙雲殿、何故、このような時間に…?」

「星彩、すまないが悠生殿を邸まで送ってくれないだろうか?」

「構いませんが…」


一緒に来てほしいと言ってくれたのに。
悠生はむっとして趙雲を見上げるが、彼は笑みを浮かべながら悠生の頭を撫で、もう一度「すまない」と囁いて走っていってしまう。
あからさまに子供扱いされ、悠生は複雑な想いにかられるが、星彩が何か言いたげに視線を送っていることに気付き、首を傾げた。


 

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