過ぎ去った愛



夜明け前、まだ太陽も昇っていなかった。
女官が起こしにくる時間帯には程遠く、しかし、目を覚ましてしまった悠生は再び眠ることも出来ず、ごろりと寝返りを打つ。


(悪い夢、見なくなったな…無理だって思っていたのに)


関平の子守歌を聴いてから、全くと言っていいほど悪夢を見なくなったのだ。
逆に、咲良や美雪との幸せだった頃の夢を見て、切ないような、でもやはり嬉しい気持ちのままで目覚めることが出来たのだった。

また、唄ってくれるかな。
関平の不安定な歌声を思い出しながら、掛布にくるまり再び目を閉じた悠生だったが、


(……あれ?)


ギィ…と扉の開く音に、もう起床の時間だったのか、と悠生は反射的に体を起こす。
だが、其処に立っていたのは世話焼きの女官などではなく、険しい顔をした趙雲だった。


「…すまない、起こしてしまったな」

「趙雲どの?」

「いらっしゃらない、か…」


悠生がひとりで占領する寝台を見て、趙雲は少し残念そうに口にした。
やっと鶏が起き出す頃、趙雲が悠生の部屋に、人を捜索に訪れたということは。
もしや、阿斗を捜しているのだろうか?

阿斗はお子様だが、悠生の寝台に潜り込んできたことは今まで一度も無い。
プライドの高い阿斗のことだ、こちらから誘わなければそれは叶わないだろう。


「眠りを妨げて申し訳ないな。失礼する」

「趙雲どの!阿斗、いなくなっちゃったんですか…?それなら、僕も一緒に捜します!」

「悠生殿…、心配は要らないよ。阿斗様が部屋を抜け出すのは、これが初めてではないのだ」


焦って不安げな顔をする悠生を励ますように、趙雲は微笑んだ。

阿斗が寝床につく瞬間を見届けても、明け方、寝台の上は蛻の殻ということはよくあるらしい。
その時は侍女達が、朝餉に間に合うよう必死に捜索するのだという。


「私と一緒に、来てくれるかい?」

「え、良いんですか?」

「ああ。阿斗様には、私を遠ざけたい時があるようだからね。悠生殿が居てくれた方が、心強い」


それは、どういうことだ。
趙雲の言葉をそのまま受け取れば、阿斗は趙雲のことを少なからず苦手としている…と言うことになる。
普段、趙雲と接する阿斗の姿を見ていても、そのような様子はうかがえなかった。
阿斗は趙雲を恩人として慕っているし、趙雲だって阿斗を可愛がっているのに。

寝間着の上に羽織を着て、悠生は趙雲の後ろに続いた。
流石に、城外には出ていないと思う(それ相応の理由がなければ、門兵が止めるはずだ)。
阿斗がよく立ち寄る場所は、侍女達がもう手当たり次第に捜しただろうし、それでも見つからないのは、阿斗が意図して身を隠していると言うことになる。


(かくれんぼ…?ひとりで?)


悠生も友達が居なかったので、よく一人遊びをした経験があるが、本来大人数で行う遊びを無謀にも自分だけで試そうとした後の孤独感は、相当に耐えがたいものだ。
でも、ひとりになりたくて隠れているなら、無理に連れ戻すのは可哀想だ。

 

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