太陽の駿馬



口を開けば、舌を噛んでしまいそうだ。
どうしたら良いのか分からない。
このまま落馬して、痛い想いをするのは嫌だ。
…だから、スポーツは大嫌いなのだ。
自分に向いてないことを会得するなんて…いくら頑張ったって、無謀なことだったのだ。


「……殿っ…悠生殿!!」

「っ……!」


声が、悠生の耳に飛び込んできた。
幻聴であろうと疑わずにはいられなかった。
だって此処には、自分と馬超しか居なかったのだから。

馬にしがみつきながら、涙でぼやけた瞳を向ければ、白馬に乗り此方に手を差し出す趙雲が見え、悠生は驚きに目を見開いた。
どうして、と考える余裕は無く、歯を食いしばった悠生は、必死に手を伸ばす。

馬が大きく仰け反ると、衝撃で、悠生の軽い体が跳ね上がり……!


「……良かった。もう、大丈夫だ」


空を飛んだのは、ほんの一瞬の出来事だった。
間一髪で悠生を抱き止めた趙雲の馬が、徐々に減速していく。
もう少しで振り落とされるところだった、そう思ったら、体が小刻みに震え出す。

趙雲に救われ、事なきを得た悠生は、なかなか顔を上げることが出来なかった。
怒られてしまうと思った。
何度も教えられたのに、何故言われた通りに出来ないんだと、呆れられると思ったのだ。

縮こまって震えていた悠生だが、趙雲は何も言わず、ただ落ち着かせるように抱き締めてくれた。
あたたかくて、安心したら涙が出て、悠生は趙雲の服に顔を押しつける。


「趙雲殿!俺が傍に付いていながら…、申し訳無かった」

「いえ。様子を見に来たら、何やら馬が暴走しているようだったので…私の馬が近くに繋いであったのが幸いでした。いったい、何があったのですか?」

「この馬は片目を失っている。どうやら、光の眩しさに驚いたようなのだ。急に雲が流れたからな…。こいつは隻眼となってから、外に出す機会も減った、それゆえ自然の感覚を忘れていたのだろう。俺としたことが、判断を誤ってしまった」


ちらりと其方を見たら、隻眼の馬は幾分か落ち着いた様子で、手綱は馬超に握られていた。
酷いことをしてしまった。
確かにその馬は、ぎこちなく手綱を握る悠生を信頼し、乗せてくれたのに…
本当に良い馬なのだ、ちゃんと導いてあげられなかったことが悔しくてたまらなかった。


「悠生殿、怖かっただろう?すまなかったな」

「馬超どのは悪くないです…僕が…ごめんなさい…!」

「いや。それに、こいつも反省している。どうか怯えないでやってくれ。悠生殿が相棒と決めたのだ、貴殿は必ず心を通わせることが出来るであろう!」


馬の瞳はとても綺麗だ。
賭事のための競走馬だって、その瞳はきらきらと輝いている。
大人しくなった隻眼の、その潤んだ瞳を見たら、先程の恐怖なんて吹き飛んでしまった。
馬超が語る通り、きっと、申し訳無い気持ちでいっぱいなのだろう。
悠生は小さく微笑み、馬の鬣を撫でた。


「この子に、新しい名前、付けても良いですか?」


乗馬センスの欠片も無い自分のことだ、いつになったら乗りこなせるようになるかも分からない。
だが、悠生は自分で考えた名前を付けてあげたかった。
そうすれば、今よりずっと近付けるような気がしたから。
実は、初めて出会った時から決めていたのだ。


「マサムネ!良い名前でしょう?」


右目の無い美人さん。
奥州の独眼竜にあやかって、その名を付けた。
馬超はその名の不思議な響きに首を傾げたが、「確かに良い名だ」と同意してくれた。
…後日気付くことになるのだが、悠生は雌だと知らずに名付けてしまったらしい。
だが、彼女…、マサムネ本人は、この名を気に入ってくれたようだ。


「ごめんね、マサムネ…次はもっと上手くやるから、一緒に頑張ろうね?」


そう言って鼻を撫でれば、新たな名を貰った馬、マサムネは嬉しそうに鳴いた。
どうやら鼻に触れられるのが好きらしい。
こうしてマサムネと仲良くなれたのは、きっと、趙雲のおかげだろう。


 

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