太陽の駿馬



片目しか見えない馬など、現実的に考えれば、利用価値はないのだ。
そして、心の何処かに、恐怖が残っている。
再び戦場へ連れて行かれたら、弓矢を恐れ、戦馬として使いものにならない可能性もある。
だが、言い方は悪いが、生きている馬を処分する…そんな非道な行いを、馬超に実行出来るはずがなかったのだ。


「馬超どの、僕、この子が良いです」

「相当に扱いにくいぞ?以前はお転婆で有名だった…、だが精一杯誠意を伝えれば、貴殿を乗せて走ることを承諾してくれるかもしれんな」


別に、悠生は戦場に赴く訳ではない。
隻眼となり、視野が狭まってしまったとは言え、ただ平地を走らせることは可能だろう。
阿斗と一緒に遠乗りに行けるのならば、苦手なことだからと逃げないで、頑張らなければと思う。



「悠生殿ッ!」


がくっと体勢を崩し、落馬した悠生を馬超は見事に受け止める。
まだまともに走らせてもいないのに、この有り様だ。
傍目から見ても、馬の方が気を遣い慎重に歩いていたのだが、悠生の乗馬のセンスは最低だったようだ。


「手綱を離してはならぬとあれほど申したではないか!」

「ご、ごめんなさい…」

「貴殿に握力が無いのは分かるが、女人でも乗馬を嗜んでいる。怖がらずにもう一度だ!」


愛する馬のこととなると、やけに厳しい馬超に促されて、悠生は彼の手を借り体勢を整えた。
自分一人の力で馬に跨り、降りることもままならない。
阿斗と遠乗りに行くなんて…、夢のまた夢、気が遠くなる話だ。

そんなことを思っていた悠生は、ふとした疑問を持った。
何故、自分はこうも阿斗のことばかり考えているのだろうか、と。
以前なら、何をするにもまず最初は、咲良のことを思っていたはずだ。
乗馬を会得して最初にすべきことは、阿斗と遊ぶことではない。
蜀の国境を越えて中国大陸のどこかに落ち着いているであろう姉を探しに行く…それを、目標にしても良かったのではないか。


(そっか…僕の中で、咲良ちゃんのことが…薄くなってるんだ…)


軽やかな音を立て、馬を走らせる。
速度はゆっくりめの安全運転だ。
手綱を握る手が、擦れて少し痛んだ。

以前の悠生は、世界中の誰よりも、咲良のことが好きだった。
もしかしたら、両親よりも。
姉も同じぐらいの愛情をくれた。
いつだって、互いが一番だったはずなのだ。


(それなのに…、僕は咲良ちゃんのことを裏切って…咲良ちゃんは、僕のために泣いているかもしれないのに…)


阿斗が友達でいてくれるなら、もう二度と、故郷へ帰れなくても良い。
悠生はいつしか、愛する姉と家族を捨て、夢の世界を選んでしまったのだ。
自分自身が無双の世界にとってのバグであろうとも、それでも良いから、此処に居たいと強く思ってしまった。


「わっ…!?」


突然、悠生を乗せた馬は高く仰け反り、それまでの大人しさが嘘のように、静止も無視して爆走し始めた。
頬に当たる風の強さと冷たさが、スピードが上昇していることを悠生に告げる。
強く引っ張りすぎてしまったのだろうか。

理由はどうあれ、こうなった馬を止める術を知らず、悠生は振り落とされないよう必死に首にしがみついた。


「と、まって…!ストップ!」


馬超が後方で手綱を引け!と叫んでいるが、言われた通りにしても、馬はどんどん加速していく。
風の音にかき消され、ついには唯一の頼りである馬超の声も聞こえなくなってしまった。


 

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