太陽の駿馬



ぶおっと鳴き、立派な鬣を持った馬達が並んでいる…、此処は城で一番大きい厩舎である。
厩舎内に立ち込める馬糞の匂いと、馬のこととなるとテンションが高くなる男を相手に、悠生は顔をしかめた。


「どうだ、美人が揃っているだろう!」

「…そうですね」


笑みを浮かべ、愛おしそうに馬を撫で回すこの人は、錦と呼ばれる男・馬超だ。

昨日、悠生が阿斗の武芸を見学している間に、趙雲は諸葛亮に呼び出されていた。
蜀の名軍師様はわざわざ悠生のために、いわゆる、カリキュラムを立ててくれたらしいのだ。
内容は、今まで通り趙雲からは学問、馬超には馬術、そして、諸葛亮の愛弟子である姜維から兵法を教わるというものだった。
武芸の稽古が組み込まれていないのは、最初から諦められているからだろう、自分でも無理だとは思うのだが。


(兵法はまだしも、乗馬なんてしたこともないし…やりたくないって言ったら、怒られるよね…)


馬超は悠生に馬を与えると言ってくれたのだが、一向に決まる気配が無い。
ずらりと並ぶ馬は鼻息が荒く、いつでも戦場で活躍出来そうな、血気盛んな馬ばかりなのだ。
初心者の悠生でも扱える、大人しい馬を選ぼうとすると、当然限られしまう。

厩舎は育成所と言う訳ではないのだ。
名馬を育て上げることを仕事とする人がいて、使える駿馬を見極め買い取り、この厩舎で飼育する。
つまり、此処に居る馬は実際に戦場で活躍することを想定し、選ばれた特別な存在なのだ。
悠生のような一般人が手綱を握ったところで、馬の方から愛想を尽かされて、振り落とされかねない。


「落馬するのが…怖いです…」

「受け身を取れば大した怪我はしないだろう。乗馬の方法は俺が一から教えるゆえ、何も心配要らん。まずは…そうだな。この際、悠生殿に決めていただくとしよう。貴殿はどの馬が好みだ?」


暫し思い悩んでいた馬超だったが、どの馬もピンとこなかったらしく、いきなり、決定権を悠生に委ねた。
しかし、悠生はまるきり素人なのだ、自分で決めろと言われても困ってしまう。

一頭一頭、悠生はじっくりと馬を眺める。
茶色、黒、白…毛並みの色だけでも多種多様で、同じ馬など存在していないように見える。
見た目で決めるしかないので、どうせなら赤兎馬のような、格好いい馬を選びたいと思ったのだが…


(あれ、この馬は…?)


悠生はある一頭の馬に興味を示した。
一番多い種類だと思われる焦げ茶色の馬。
大人が乗って戦場を駆けるには申し分のない、立派な馬だ。

そっと手を伸ばして、湿った鼻に触れる。
抵抗する様子を見せないので、少しずつ手を滑らせ、悠生の指は右目へ…


「ああ、そいつはな…以前戦場で矢を受け、右目を失ったんだ。運良く命は長らえたが…これでは、再び戦場に出ることは有り得ないだろう」

「可哀想…」


傷付いた馬を哀れむ馬超の言葉に、悠生は眉を寄せた。
右目があったであろう場所は、痛々しい傷跡が残るだけだった。
指先でなぞれば、馬は残った黒い左目で、悠生を真っ直ぐ見つめてきた。


(あっ、可愛い)


視線を通わせた途端に、不思議と、大きな馬が可愛く思えてきた。
馬超が馬を美人と比喩するのも、何となく分かったような気がする。
ならばこれは、一目惚れとでも言うのだろうか。


 

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