永久の軌跡
「趙雲どの…っ…」
「悠生殿…」
愛しい男に名を呼ばれ、どきっと胸が高鳴る。
同時に、彼の声色に少しの違和感を覚えた。
趙雲は成都に戻った後すぐ、遠呂智軍の残党を討伐するため城を出ていたはずだ。
帰還がいつになるかは聞いていなかったが、きっと悠生の居場所を聞いて、会いに来てくれたのだろう。
荒れ果てた桃園に足を踏み入れた趙雲。
その表情から読みとれるものは多くは無いが、訝しげに眉間に皺を寄せる趙雲を見て、何となく理由を察した悠生は、背筋が冷たくなるのを感じた。
阿斗が不意を打って口付けをしたのは、その様子を趙雲に見せ付けて場を掻き乱し、後々の反応を楽しむためであろう。
しかも、趙雲からは見えないような体勢で…、これでは、唇にキスをしたと誤解されてもおかしくはない。
悠生と阿斗の仲の良さがあれば不思議ではないと、納得されてしまっては困る。
阿斗に抗議をしようかと振り返ったが、既に彼は声が届かないほど遠くに居た。
「ちょ、趙雲どの…違うんです!阿斗は鼻に…」
「……、」
「そ、んな顔…しないでください…」
何も言ってくれない趙雲に、不安になる。
あれは阿斗の戯れだと言うのに、弁解をしようとするとどうしても言い訳っぽくなってしまう。
こんなことで彼の機嫌を損なわせたくはない。
嫌われたく、ない。
悠生は困り顔でううっと唸り、俯いてしまうが、見計らったかのように趙雲の手が伸びてくるのだ。
彼の長い指先が頬を掠めて、悠生はどきりとして肩を震わせた。
「では、私にも同じことをしてくれないか?」
「え!そ、それは…っ…」
「出来ないようないかがわしいことをしたのかい?私ではなく、劉禅様と?」
趙雲の口から飛び出す聞き慣れない名前。
劉禅と、立派なのは名ばかりで、見た目はまだまだ可愛らしい阿斗様なのに。
どうやら、この男は相当嫉妬深いらしい。
後に主君となる劉禅にまで、焼き餅をやいてしまうぐらいだ。
悠生は趙雲の要求に初めこそ困惑したが、彼がこんなふうに甘えて見せるのは、今のところは自分だけだと思うと…、嬉しかったりもするのだ。
趙雲に愛されている、なんて未だに信じられないのに、この男は疑うことも出来ないぐらいの愛情を与えてくれる。
悠生は恥を捨て、背伸びをして趙雲の鼻にそっと口付けをした。
瞳がかち合うと、遅れて顔が熱くなる。
悠生の反応につられたのか、趙雲も頬を紅潮させて…、次の瞬間には、彼の両腕にすっぽりと抱き込まれていた。
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