永久の軌跡




──やれるだけやったのだから、幸せになりなさい──



悠生はマサムネを引き連れ、遠く離れた高台から、炎に包まれ崩れ行く古志城を見つめていた。
ひんやりと頬を撫でる風に乗って、美しい旋律と溶け合うようにして一つになった歌声が、悠生の耳に届けられる。
一緒に、唄おうと思っていたのだけど、悠生には口ずさむことさえ出来なかった。
胸がいっぱいで、だけど、涙も出ない。
もう、咲良は何処にも居ない。
悠生がどれほど願ったって、再び手を握ることは出来ないのだ。
自ら手放したくせに…、涙することが許されるはずがない。

マサムネが心配そうに湿っぽい鼻を押しつけてくるが、悠生には返事をする余裕も無かった。


「咲良ちゃん…ごめんね…」


もう何度、謝罪の言葉を口にしたかも分からない。
消え入りそうな呟きは、恐ろしいほどの静けさに呑まれてしまった。
少しずつ、厚い雲に覆われた空が晴れていく。
眼下に広がるのは、とても美しい景色だ。
光が射し、きらきらと煌めいて見える。
これが、咲良が命を懸けて守った世界。
そして、悠生が命を懸けて守らなくてはならない世界。

咲良の記憶は、奏でた旋律と共に、人々の心に生き続けることだろう。
たとえ、楽譜が無くても、歌詞が失われたとしても。
音楽だけは、心に残る。
時が過ぎて、人が死に、彼女の音を知る者が一人も居なくなったとしても…咲良の生きた証は永遠のものになると、悠生は信じていた。


「悠生よ、浮かない顔をしているな。世に光が戻ったと言うに」

「太公望どの…?」

「独りで何をしている?貴公の仲間は皆、大徳・劉備将軍の元へ集っているのではないか?」


何処からともなく姿を現した若い仙人・太公望の顔を見ても、悠生の心は晴れなかった。
悠生は何も言えずにいたが、太公望は気取った笑みを見せる。
まさか、引き留めにきた訳でもあるまい。

遠呂智の力が失われたことにより、敵の虜となっていた劉備が解放され、彼を救出するため奔走していた蜀の仲間との再会が叶った。
劉備の傍らには、阿斗も居るはずだ。
愛しい友は、悠生の姿が無いことを気にし、心配するだろう。
世のため、これからしようとしていることが間違っているとは思わないが、人々の想いを裏切ろうとする自分には嫌気がさす。


「咲良ちゃんの意志は、僕が守らなくちゃいけません」

「貴公の無茶、落涙が望むとは思わぬがな。しかし、私は止めはしない。いっそ、この私が手を貸してしんぜよう」


弟子は何人居ても困らない…と笑う太公望は、無謀にも一人で旅立とうとする悠生を補佐したいと言っているのだ。
伏犠や女禍に比べて太公望は若年であるから、今すぐに後継ぎを決める必要は無いはずだ。
とは言え、太公望は不思議と悠生を傍に置きたがっている。


 

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