栄光の宮殿
多くの支えを失い、脆くも崩れていく古志城。
遠呂智の権力をそのまま表現したかのように、荘厳な佇まいをした城郭が、いとも簡単に形を失っていくのだ。
…命さえも、消し去ってしまいそう。
全てを、無へと返す炎。
だが決して、此処を悲しいだけの死地にはしない。
遠呂智を、この戦いを…誰の心からも忘れさせたりはしない。
天高く立ち昇る炎を横目に、悠生はマサムネに乗って、元来た道をひた走った。
目指すは、古志城全体が見下ろせる高台。
どうしても、ひとりになりたかったのだ。
愛する世界と別れることを決めた咲良、大好きな姉だけに、寂しい想いをさせたくない。
(…咲良ちゃん…)
声にはせず、咲良の名を呼んだ。
二度と、姉が返事をくれることは無い。
分かっていたはずなのに、酷く胸が痛む。
さようなら、なんて言いたくないのに。
本当は離れたくないのに、これから一緒に蜀で暮らそう、とも言えなかった。
(ごめんね…ありがとう…咲良ちゃん…)
咲良は、悠生が自ら困難に立ち向かおうとしていることなど知らないだろう。
ましてや、望むはずもない。
悠生の選んだ道は…一歩間違えば、裏切りと受け取られても不思議ではない。
だけど…こうするしかなかったのだ。
阿斗の国を守り、そして、咲良の想いを受け継ぐためには、幸せに背を向けるしか…術がなかった。
(ねえ…西王母さま…、美雪さん。此処は僕が望んだ世界なんだよね?だったら、誰よりも僕が頑張らなくちゃいけないよね…?劉禅が暗君じゃない、名君で居られる国を作りたい…きっと、出来るよね…)
堪えきれない様々な気持ちが、悠生の中をぐるぐると巡り、支配している。
首に下げた指輪を握り締め、これで良かったのだと、無理矢理にでも納得させる。
悠生は未だ闇に包まれた空を見て、泣きそうになりながらも、ふっと微笑んだ。
咲良が命を懸けて救おうとしたこの世界を、絶対に守ってみせる。
決意が、揺らぐことはないと思っていた。
胸の奥底に仕舞い込んだ趙雲への恋心が、決意に勝ることは決して無いと。
だが、悠生は三成よりも、趙雲のことを知らなかったようだ。
彼がどれほど悠生に焦がれていたか…、
熱い想いをさらけ出した趙雲が、黙って去り行こうとする悠生を、許すはずがなかったのだ。
END
[ 406/417 ][←] [→]
[戻]
[栞を挟む]