沈み行く陽光
「色男、見せ付けてくれるなよ。妬けるねえ…幸村もそう思うだろ」
「ま、孫市殿、私は別に、そのような…!」
はやし立てるように口笛を吹く雑賀孫市と、顔を真っ赤にして首を横に振る真田幸村が居る。
まさかこの二人に見られてしまうとは思わず、悠生は慌てて趙雲から離れ、目線を逸らした。
孫市や幸村の視界に入るのが恥ずかしくて、悠生は顔を上げることが出来ない。
男同士が抱き合う姿なんて、普通に考えたら、あまり気持ちが良い光景では無いだろうに。
自分だけではなく趙雲が非難されたら嫌だと、不安に思ったが、彼らは全くと言って良いほど気に止めていないようだった。
「…で、そのガキが遠呂智封印の鍵を握るあの落涙の弟で、趙雲の想い人だったって訳か。この容姿じゃ、分からなくもないが…」
「趙雲殿がこうして悠生殿と再会出来たこと、私も嬉しく思います。悠生殿を慕われる趙雲殿の御心に触れ、胸が熱くなりました!」
「なあ幸村、そっちの台詞のが余程恥ずかしいぜ」
幸村の天然ぶりを目の当たりにした孫市は呆れたように肩を竦めるが、話の中心に居る趙雲は漸く羞恥を感じ始めたのか、ぷるぷると笑顔を強ばらせる。
性別や身分を越えた趙雲と悠生の恋に、僅かも嫌悪感を抱いたりせず、素直な心を述べてくれるのは嬉しい。
だが、真っ直ぐな瞳を輝かされると、さらに居たたまれなくなる。
「さあ、皆で遠呂智を打ち倒しましょう!!」
人一倍、燃える闘魂を掲げる幸村に、趙雲も孫市も声を上げて応えた。
三國と戦国、垣根を越えた仲間達が、共通の敵を前に力を合わせようとしている。
"人は城、人は石垣、人は堀…情けは味方、仇は敵なり"という、武田信玄が語ったその言葉、幸村に受け継がれた信念が、まさに今この時を証明していた。
敵対していた呉蜀をも結び付けた今、悠生の知らない新たなエンディングが、皆の手によって作り出されるのだ。
曇り空に響く法螺貝の音により、進軍開始が告げられた。
マサムネに跨り、趙雲の部隊に組み込まれた悠生はもう一度、今度はこっそりと趙雲を盗み見たら、彼もまた、悠生を見ていたらしく、思い切り目が合ってしまう。
貴方のことが愛しいと言わんばかりの優しげな笑みを返されて、いっそう胸が熱くなる。
(咲良ちゃん…僕だけが幸せには…なれないよ…)
この戦で、全てが終わる。
悠生は心の隅で、未だに顔を合わせることが出来ない咲良のことを思った。
遠い昔に存在したという、久遠劫の旋律。
子守歌がこの古志城に響き渡った時…それが、咲良との別れの時なのだ。
END
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