沈み行く陽光



「もしかして…私たちを騙していたの?」

「はて、何のことやら」

「はぐらかさないで!そんな目をするくせに、うつけ者!?私を油断させるために、わざと暗愚を演じていただけじゃない!!」


はっ、と嘲笑う阿斗に激昂した妲己は、凶器となった爪で阿斗の首を掻ききろうとする。
だが、感じたのは空気の揺れる音だけだった。
いつしか遠呂智が立ち上がり、自ら妲己を止めに入ったのだ。


「遠呂智様!!どうして!?」

「劉備と阿斗…どちらも手放すには惜しい人質だ。いくらにも使い道はある」

「そうだけど、悠生さんが逃げたのよ!?遠呂智様、意味分かってる?あんなちっぽけな人間に殺されても良いの!?」


妲己は渋々、言われた通りに阿斗を解放するが、必死に遠呂智に訴えかける姿は、稀代の悪女とは思えぬ健気さが垣間見れた。
どうにも信じられないが、妲己は残酷なだけの女ではないようだ。
やり方は汚いが、大事な人を護りたいという気持ちは同じ。
阿斗は己を救った遠呂智を見上げ、丁寧に拱手してみせた。


「大徳劉備の血を受け継ぐ者、我を恐れぬのか」

「血など関係ありませぬ。私は私、他の何者でも無いのですから。ですが私は劉玄徳の意志を受け継ぐ者として、伝えたいことがあるのです」


あえて丁寧な言葉遣いを選び、阿斗は果敢にも、言葉で目の前の大男に立ち向かっていく。
見目は幼くとも、今の阿斗は、一国を背負う覚悟を決めた君主の顔をしていた。


「今すぐ戦いをお止めください。私は蜀の国に、そなたや妲己を迎え入れたいと思います」

「はあ!?やっぱりあなたは馬鹿者ね!心にも無いことを言わないで!人間にも仙人にも追いやられた私たちが、今までどんな気持ちで…」


妲己は信じられないと言ったように喚くが、遠呂智や慶次は黙って阿斗の言葉に耳を傾けている。
人とは随分と不器用なもので、他人を犠牲にして生きることしか出来ない。
かつて、劉備が妻と子を蔑ろにしたように。
思想が違う、信ずる主が違うことを咎め、力を持つ者を恐れ、武器を手にするものが、人である。
人間同士が理解し合えないと言うのに、姿形が懸け離れている遠呂智と相容れるはずがない。


「私は…戦いよりも、皆が安心して暮らせる道を選びたい。しかし、そなた達の世には争いが耐えない。ゆえに、いつか私が統べることとなる国へと招きたい」

「その幼き考えが愚かだと言うのだ。我らを住まわせれば、貴様が非難を浴びることになろう。民の不満を煽り、いずれ国は滅ぶ」

「それは有り得ませぬな。悠生は、私を暗君にしないために現れた救世主なのですから。悠生が傍に居る限り、私の未来は約束されたようなもの」


 

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