沈み行く陽光



魔王・遠呂智。
ただでさえ乱れていた人の世に、更なる混乱をもたらした存在。
現在、古志城が呉蜀の同盟軍に包囲されているにも関わらず、当の本人は退屈そうに足を組んで座っている。

目付きと肌の色の悪い兵に引きずられ、阿斗は遠呂智と妲己が待つ玉座の間に強制的に連れてこられていた。
何のために呼び出されたかは、何となく予想が出来るが、あまり考えないようにした。


「悠生さんが居ないってどういうこと!?慶次さん、あなたが連れ出したんでしょ!?」

「だから、何度も言っただろう?呉軍に捕らえられちまったんだ」

「逃がした、んじゃなくて?でもね、今更理由なんかどうだって良いのよ。このままじゃ腹の虫が治まらないわ!」


阿斗はじっと目を見張り、妲己と前田慶次が激しく言い争う姿を眺めていた。

古志城に帰還した妲己は、悠生の姿が無いことに腹を立て、こうして慶次に詰め寄っているのだ。
妲己は阿斗を人質に悠生を脅し、今まで相当酷い扱いをしてきた。
有用な駒を失い、しかも城が囲まれ、最も頼りにしていたであろう呂布も自分勝手な行動を続けているのだ。
妲己は絶対絶命の窮地に立たされている。
焦りは怒りに変わり、その矛先は人質である阿斗に向けられた。


「ねえ阿斗さん?こうなったらあなたに責任を取ってもらうから。みすみす孫呉に捕まった悠生さんを恨むのね」

「待ちな、妲己。坊ちゃんに手を出すつもりか?」

「そうだけど、悪い?人質は劉備さんだけで十分よ!!」


妲己は慶次の制止を無視し、黙り込む阿斗の首根っこを掴んだ。
ぎりぎりと締め上げられ、体が宙に浮く。
人のものとは思えぬ瞳に、視線に貫かれる。
だが阿斗は怯むこともなく、恐ろしいほどに美しい女を無言で睨み付けた。


「阿斗さん?悠生さんはあなたを見捨てたの。本当に可哀想!」

「貴様に悠生の何が分かる。あやつと私の絆は決して折れぬ」

「へえ…阿呆で愚鈍なお坊ちゃま。助けに来てくれるって信じているんだ?今此処で私に殺されるのにね!」


妲己の長く鋭い爪が首に食い込んでいく。
ちくりと痛みを得て、滴る血液の流れさえ感じたが、それでも阿斗はぴくりとも眉を動かさない。
瞬きもせず、妲己を見据えるのだ。
道を踏み外した哀れな女だと、同情と軽蔑の念を込めて。
気丈な阿斗の態度が気に入らないのか、妲己は見る見るうちに顔をしかめる。


 

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