追憶の子守唄



(……あれ?)


ぺたぺたと悠生の足音だけが響いていた廊下に、突如別の音が割り込んできた。
古い扉が開くような…鈍い音だった。
典医に見付かったら止められてしまう!
まずいと思った悠生は付近を見渡し、花瓶が置いてある台座の影に身を隠した。
こんなときだけ、自分が人よりも細身で良かったと思う。

これほどに真っ暗なのだから、きっと見付からないだろう。
息を殺し、人が通り過ぎるのを祈るような気持ちで待った。
だが、相手はどうやら年老いた典医ではなかったようで…


「其処にどなたか居られるのでしょうか」


足音が消え、代わりに若い男の声が響き、悠生をどきりとさせる。
隠しきれない気配に気付かれてしまったらしい。
だがそれは、聞き覚えのある声だった。
すぐ其処に立ち止まった男は、悠生のよく知る無双武将だったのだ。

この人ならば、夜中に病室を抜け出したことを知っても、怒ったりはしないだろう。
そもそも、悪いことをした訳ではないのだから、身構える必要も無い。
悠生は意を決し、姿を見せることにした。


「こ…、こんばんは。関平どの」

「あなたは…、いや、貴殿はこのような所で何を?」


明かりに照らされ、漸くその人の顔を確認出来た。
首を傾げて悠生を見ているのは、関羽の義理の息子・関平だった。
星彩の幼なじみで、彼女を愛する阿斗にとって関平は、永遠のライバルでもある。

こんな夜中に子供と出会うとは思っていなかったのだろう、関平は警戒心こそ無いが、頭にハテナを浮かべているようだった。


「僕、此処じゃどうしても眠れないから、邸に戻ろうとしていたんです」

「そうでしたか。ですが病棟にいらっしゃるからには、どこか宜しくないのでは?」

「…関平どのは…怪我、ですか?」

「ええ。拙者自身は平気なのですが、周りが気にしすぎるのです」


そう言う彼の腕には、綺麗に白い包帯が何重にも巻いてあった。
日常生活で負うような軽いものではないと、包帯の巻かれ方から察する。
痛みが消えないほど、酷い傷なのではないか。
顔を歪めた悠生を見た関平は「ご心配なさらずに!」と照れながらも口にする。


「お送りしたいのは山々なのですが、拙者としては…見過ごす訳にもいかぬのです。廊下は冷えるゆえ、どうぞ病室に…」

「関平どのは、これからお仕事ですか?」

「いえ、仕事はもう…」

「それなら…お願いします。僕と一緒に…いて、ください」


生真面目な関平に見つかってしまったのは、失敗だったのかもしれない。
どうせ病室に連れ戻されるのなら、少しぐらい我が儘を言ったって良いだろうと考え、悠生は初対面の関平に"お願い"をした。

悠生の言葉の意図が掴めない関平は首を捻るが、有無を言わせないよう、悠生は彼のごつごつした手を引っ張り、元来た道を辿った。


「いったい、拙者は何をすれば…?」


病室に戻るなり、悠生は床に放置した掛布を拾い、寝台に広げた。
冷気にさらした体はすっかり冷えている。
寝間着のまま出歩いたのは間違いだった。
これで風邪をひいては、元も子もない。


「関平どの、僕と一緒に、寝てくれませんか?寒くて…それに、怖い夢を見そうで…」

「一人では眠れぬのですか?」

「はい……、ひとりじゃ絶対に眠れない…です。少しでいいから、一緒にいてほしいです…」


出会ったばかりの人間に、こんなことを頼むのは恥ずかしいし、自分でも反吐が出そうになるほど子供っぽい口調になってしまったが、意外にも、関平には効果があったようだ。
大きな手のひらで、髪を撫でてくれた。
これは…受け入れてもらえたということだろうか。


「そう言えば、貴殿の名は?」

「悠生。今は阿斗…さまのところでお世話になっている、者です」


関平が悠生の待つ寝台に上がると、ぎしっと軋む音がした。
一枚の掛布を二人で被り、向かい合うようにして横になる。


 

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