このままの二人



夜は、嫌いだった。
冷たい静寂と暗闇に、お前は一人だと突き付けられているかのようで、居心地が悪くて、じっとしていられなくなる。
今は、誰かが傍に居てくれるだけで夜が怖くなくなった。
それはとても幸せなことだったのだと、再び一人になった悠生は強く実感したのだ。


(ひとりじゃない、そんな幸せを取り戻したい。だけど…僕は…)


濃い闇夜に、無数の藤の花びらが散っていた。
ひらひらと舞い踊る花びらが月の光に照らされ、まるでこの世のものではないもののように美しかった。
花言葉は、何だっただろうか。
思い出せないが、きっと綺麗な言葉だったのだろう。
咲良ならば、すぐに答えられたのだろうけど。

何も考えていたくなくて、悠生はぼうっと、夜空を見上げていた。
宙に向かって手を伸ばせば、指に絡まるようにして花びらがふわりと肌を撫でる。
舞っているときは溜め息がでるほど美しいのに、独りになると、こんなに悲しいのだ。


「悠生殿?」

「え……、」


冷たく澄んだ空気の中に、懐かしく優しい声が響いた。
悠生の心を支配し、掻き乱してばかりの男。
堪えきれない恋情を抱かせ、悠生を涙させる…、趙雲が驚いたような顔をして、其処に立っていた。


「此処に居ては冷えるだろう、悠生殿」

「は…はい…」


息が、詰まりそうで…上手く返事が出来ない。
ただ名を呼ばれただけなのに、それだけで嬉しくて、でも苦しくて辛い。
相反する気持ちが胸の中でせめぎあっていて、気持ち悪い。

ずっと会いたかった…、それなのに、笑えない。
また、ぼろぼろと涙が溢れてしまい、だが泣き顔を見られたくなくて俯いたら、そっと手が差し出される。
趙雲は何も口にせず、悠生も躊躇うが…、きゅっと、手を握り返した。
あたたかくて、大きな手のひらだった。

声を聞くだけで、悠生はこんなにもどきどきして、緊張しているのに、趙雲は普段と変わらず平然としていて、少し悔しかった。
いっそのこと、此処から逃げ出してしまいたい。
改めて話すことなんて、何も無いのだと、悠生は適当な言い訳を考える。


「悠生殿」

「……、」

「悠生殿……ずっと、泣いていたのだろう?すまなかった…」


まさか謝罪の言葉を投げ掛けられるとは思わず、悠生は反射的に顔を上げた。
暗がりの中でも、趙雲の真っ直ぐな瞳は、光を失っていなかった。


 

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