このままの二人



「マサムネ…マサムネ…っ!」


息を切らしながら、切羽詰まった様子で相棒の名を呼べば、マサムネはぶるっとかぶりを振り、柵の向こうから存在を主張する。
暗闇の中でも隻眼の馬は、主人の泣きはらした顔を見て、心配そうに黒い瞳を向けた。
マサムネの気遣いが伝わり、悠生の疲れ果てた心を癒してくれる。


「マサムネ…お願いがあるんだ。ちょっとだけ、一緒に居ても良い?」


つまり、その敷居に足を踏み入れることを許してほしい…、唐突なお願いである。
こんなことをしても、すぐに皆のところへ戻らなければならない。
今は一人になって気を紛らわせ、ぐちゃぐちゃになった気持ちを静めたいだけなのだ。
勿論マサムネから返事は無いが、悠生は柵を乗り越えてマサムネの傍に降りた。


「迷惑?ごめんね、本当にちょっとだけだから」


蹴らないでね、と声をかければ、マサムネは短くぶおっと鳴く。
心外だ、とでも言いたいのだろう。

壁に寄り掛かった悠生は体育座りをして縮こまり、ぼうっと闇色の天井を見詰めた。涙の勢いは弱まったが、瞳からはじわじわと雫が溢れ続け、頬を濡らしていく。
もう、何が悲しくて泣いているのかも分からない。
一人きりとなっても、思い浮かぶのは趙雲のことばかりで、鮮明に蘇る彼の姿が頭から離れず、悠生は深く溜め息を漏らした。


「マサムネ…趙雲どのが、居るんだって。会いに行けば良いのにね。それなのに僕は…恐がりで、逃げてばっかりで…」


彼の想いを、知ってしまったから。
ずっと憧れていた人に、好意以上のものを抱かれている…、すぐには信じられるはずがなく、悠生の胸を騒がせ、戸惑わせた。
だがそれが、事実とは限らない。
悠生に趙雲の気持ちを教えたのは三成だが、彼はあの時初めて趙雲に会ったのだ。
三成が感じただけで、本当は違うのでは。


「だけどさ…そうじゃないかって、思ったこともあるんだよ…」


一度だけ、キスをされたことがある。
柔らかく触れた唇は熱く、間近に見た瞳が、熱を孕んでいたことを覚えている。
その瞬間、悠生は混乱するだけで、趙雲の行動の理由や、彼が抱いていた気持ちについて、考えようともしなかった。

趙雲はいつも、優しかったのだ。
彼に与えられ続けたものは心地が良く、安らぎそのものだった。
悠生が子供だから、世話を焼いている…、ならば、趙雲はどうして強く強く抱き締めたのだろう。
ずっと、一緒に居たい…悠生がそう思うよりも先に、趙雲も同じ想いを抱いていたのではないか。


 

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