このままの二人
(何でかな…咲良ちゃんよりも…趙雲どのに会う方がずっと…怖いよ…)
ぎゅっ、と胸の辺りを押さえたら、心臓が潰れてしまいそうなほどに痛んだ。
どんな理由があっても、故郷を捨てた自分が許されるはずはないと、咲良との再会を拒み続けていた悠生が、姉よりも、趙雲との再会を酷く恐れている。
「孫策様、御到着にございます!」
「そうか!出迎えて差し上げねばな」
孫策一行の到着が知らされ、孫権は自ら蜀の使者を迎えようと、一足先に退室する。
尚香も星彩や咲良に会いたかったのだろう、孫権の後に続こうとしたが、俯く悠生を見て足を止めた。
咲良とゆっくり話をしたいなら、機会は今この時しか無いはずだ。
全てが終わったら、姉は長い夢から覚めてしまう。
その前に、最後に、言わなければならないことだってあるはずだろう?
だけど、駄目なのだ。
自分にも理解出来ぬ複雑な想いを抱いたままでは、皆に会えない。
…趙雲のことばかり考えて、姉を二の次にするような、こんな弟の情けない姿を見せ、咲良を落胆させたくない。
「黄悠?」
「尚香さま…僕、マサムネのところに居ますね!すぐに戻るので、心配しないでください!」
「え?ちょっと待って!黄悠…!?」
まるで逃げるように、急いで出口に向かって駆け出して行く悠生を、尚香は追い掛けなかった。
恐らく、止められるようには見えなかったはずだ。
擦れ違う兵達も驚いたように悠生を見るが、全て無視してひたすら厩を目指す。
早く、一人になりたい。
誰も居ないところで、じっとしていたい。
知りたくもなかった不可解な感情のせいで、咲良への想いまで歪んでしまう。
(っ…くそっ…!)
悠生は、泣いていた。
いくら涙を拭っても、止まってくれない。
皆に会えて、嬉しいはずなのに。
誰よりも喜ばなければならないはずなのに。
泣き顔を見られぬよう、悠生は一目散にマサムネを繋いだ厩を目指す。
とっくに陽は落ち、辺りは薄暗い。
何度も躓きそうになりながら、悠生は人気の無い厩に飛び込んだ。
中は少々肌寒く、闇に目が慣れつつはあるが、視界が涙でぼやけていて、よく見えない。
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