追憶の子守唄



静かな夜だった。
いつしか、暗闇に目が慣れてしまった。
なかなか寝付くことが出来なかった悠生は、何度目かも分からない寝返りを打つ。


(みんな、大袈裟なんだよな…僕が悪いんだけどさ…)


悠生は未だに阿斗の邸に戻ることを許されず、病棟の一室で眠っていた。
たんこぶが痛い、なんてとっさについた嘘だったのに、時間をかけて様々な診察を受けさせられ、結局、今日は此処で休んで行きなさいと言われてしまい、今に至るのだ。
寝る前に飲むようにと言われた薬が、円卓にぽつんと置き去りにされている。
あれは駄目だ、舌先を触れさせただけで苦味が広がったから、もう飲みたくない。


(…眠れない…)


静寂と、張り詰めた空気が不快である。
悠生は枕が代われば寝付けないという面倒な体質ではない。
疲れているからすぐにでも頭と体を休めたいのに、何故だか目が冴えているのだ。
だからと言い、羊を数えるつもりもない。

ごそごそとポケットを探った悠生は、指先に触れた、小さな指輪を取り出す。
物音一つしない暗闇の中で、記憶に残る優しい人の微笑みを回想した。


(美雪さん……)


今日は、なんとなく、嫌な夢を見そうだ。
思い出したくもないのに、忘れることも出来なかったあの夜の惨劇。
深い傷を負い、どす黒い赤にまみれた美雪の夢を。
それに重なるのは、生死も分からぬ姉の姿だった。


(っ…咲良ちゃん…!)


悠生は掛布を引っ張り、中に潜った。
想像に怯えるなんて、臆病な自分が嫌になる。
一度でも、思い浮かべてしまえばもう、脳に描いた映像を捨て去ることは出来ない。
忘れるなんて、出来ない。
大好きな人の笑顔や、ぬくもり…あたたかさを忘れるなんて、何よりも辛いことだ。
阿斗や趙雲に心配をかけたくないから平気なふりをしているけど、本当は泣きたいぐらいに苦しいのだ。

無理を言ってでも、邸に戻れば良かった。
阿斗の傍に居ると、不思議なことに苦しみがすうっと引いていく。
寒気もしないし、息苦しくもない。
寝る前に阿斗と言葉を交わしていれば、こうも孤独を感じることはなかったのに。


「…咲良ちゃん…」


姉の名を呟いたことを、すぐに後悔した。
何度呼んだって、返事が返ってくることはないのに。
中学生にもなって夜泣きをするなど情けないと歯を食いしばったが、意識すればするほど瞳に涙は滲むし、口から漏れるのは震えるか細い息だ。
咲良に会いたい、けれど…、高望みをするだけ、自分を傷つけることになる。


(やっぱり、戻ろう!)


がばっと掛布を投げ捨てて、悠生は寝台から飛び降りた。
裸足のため、足の裏がひんやりと冷たかった。

扉を開けると、一定間隔に明かりが灯り、先が見えないぐらいの長い廊下が続いていた。
出口辺りには見張りが居るだろうから、ここは恥を忍んで事情を話し、阿斗の邸まで連れていってもらおう。


 

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