月下の影法師



(僕は、罪を背負う覚悟が無い…、だから、子供って言われるんだ)


半蔵と忍び達はお得意の闇に乗じ、到着した董卓隊の先陣に体勢を整える暇を与えぬよう、一気に攻撃を仕掛ける。
混乱に陥る敵の陣に、周泰の軍団が突入した。
悠生もマサムネと共に、周泰に従った。
狙うは敵総大将・董卓のみである。
しかし、悠生にはひとつ不安があった。
悠生が遠呂智軍を裏切り孫呉に付いた…などと、余計なことを妲己に告げ口されては困る。
人を絶命させるには、この弓では不可能だがやはり…討たなければならないのか。

悠生が幻影の弓で敵の足場を崩す中、周泰は次々と敵をなぎ倒し、血飛沫を浴びる。
彼の剣を受け止められるのは、同じ無双武将ぐらいだろう、兵卒や卒伯は恐れおののき、周泰に道を譲る。
戦慣れしていない悠生を庇いつつ、飛び交う矢をも弾き返すが、此処に鉄砲隊が居たら数分もせずに蜂の巣となっていただろう。
だから、董卓隊と、多くの騎馬鉄砲隊を持つ伊達隊が連合したら、非常にまずい。


(…董卓…!)


味方を盾にし、闇の中に蠢く巨体を、悠生は見逃さない。
同士討ちなどとあくどい手段を用いて攻めてきたくせに、随分と情けないではないか。
敵総大将を…董卓を、討たなければ。
迷っていてはどうにもならないのだと、悠生は唇を噛みしめて心を決めた。

反射的に、馬上から飛び降りた悠生は、辺りに散らばる誰かの弓矢を拝借し、董卓目掛けて矢を放った。
ざっ…と砂埃を巻き込み、真っ直ぐ董卓に向かって飛んでいく旋風。
矢の先端は董卓の胸を貫く…はずだったのだが、悠生の放った矢を受けたのは、傍にいた董卓の護衛兵だった。


「うっ…董卓様…!」


…身を挺して、主を庇ったと言うのか。
深く突き刺さった矢にも気付かず、護衛兵は力を失った人形のように倒れ込んだ。
びちゃっと周囲に散らばり、血に広がる、赤黒い水たまり。
赤に染まった死に顔を…見ていられない。


(っ…なんでだよ…!!なんで、こんな優しい人が死ななくちゃならないんだ…!)


自らの手で殺してしまったとは、考えたくもない。
悠生はがたがたと震え、指先も酷く冷たく、弓もすぐには使えそうになかった。
護衛役の使命だから自身の命を捨てた、ただそれだけが理由では無いはずだ。

歴史書に残虐行為ばかり記された男であっても、その人を慕い、着いていこうとする者が居る。
反乱軍にとっての悪は、遠呂智軍だ。
だが、遠呂智軍は己の正義を信じている。
董卓を死なせたら、どれほどの人が絶望するのだろうか。
平和のために、死んで良い人間なんて居ない。
だけど、話し合いで解決出来るような相手ではないから、こうして武力に訴えるしか無いのだ。
悲しい乱世を終わらせるために。

…頭では分かっていても、体が動かない。
人を殺す…、生まれ育った現代で、その愚かな行為を最も咎められるべき罪として教わった悠生には、どうしても受け入れられなかった。


 

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