月下の影法師



「貴様の弓…怪なり…」

「ご、ごめんなさい…僕、どうしても心配で…、忠勝さまが反乱軍を遠呂智軍と勘違いしているのは、誰かに仕組まれたからかなって思ったんです。それなら、人気の無い南側から攻め入るだろうから、先に砦を潰しに来ました…」

「…そこまで…予期されていたとは…、ですが…感心は出来ません…」


確かに、褒められたことではない。
一人で戦場をうろつくなんて自殺行為だ。
悠生が独断で動いたことにより、何も知らない味方に被害が被る可能性だってあったのだから。

しょんぼりと肩を落とした悠生だが、周泰は低い位置にある悠生の頭を撫でた。
反応して少し顔を上げると、微笑み…とまではいかないが、周泰の柔らかな表情を見た。
彼こそが、落涙を娶った男。
本来ならば、悠生は周泰の義弟となるはずだった。
些か複雑な心地ではあれ、きっと周泰は、咲良にもこのような優しげな顔を見せている…と思うと、何故か気持ちが楽になった。


「童、本陣へ戻れ…危険に身を晒すな」

「でも、半蔵どの…僕は子供だけど、少しぐらいは戦えます。遠呂智軍を追い返すまで、此処に居ます」

「…黄悠殿の心意気…確かに…」

「あ、ありがとうございます、周泰どの!」


お前は子供だ、と指摘されることは仕方がない。
だが此処は戦場だ、武器を持っているのだから、子供とて関係はないはずだ。
半蔵は無言で不平を訴えていたが、周泰は此処に残ることを許してくれた。

とは言え、すぐ其処に迫る遠呂智軍は炎に阻まれて進軍が出来ず、立ち往生している。
敵総大将・董卓が地団太を踏む姿が思い浮かぶようだ。


(董卓を討てば、この戦は終わる…。今此処で、殺してしまえば…)


この先に展開するはずの物語を思えば、董卓は必要な存在だ。
だが、平和な世に悪役は要らない。
途中で物語がストップしてしまったとしても、現に人々は明るい世へと続く道を、歩み始めているのだ。
阿斗の国を…劉禅の時代に傷を付けるような登場人物が要るのならば、先に息の根を止めておくべきだ。


(でも…僕はもう、人を殺したくない…)


弓を扱うくせに、甘えてばかり。
これが子供だと指摘される原因であろうか。
悠生は妲己の命で、一人の罪無き人間を殺した。
言われるままに矢を放ち、心臓を貫いたのだ。
刀では無いから、肉にめり込む感触は、直接的には伝わってこない。
だから余計に、想像してしまうのだ。
人を死に至らしめる、その生々しいほどの感触を。


 

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