月下の影法師



「……、とある人のことを思うと、胸が痛くなります。ドキドキして、眠れなくなって…早く会いたいのに、会うのが怖い…僕はずっと、矛盾した気持ちを抱いていました。尚香さまはこんなこと、ありましたか?」

「ええ。私だって一刻も早く玄徳様に会いたいけれど、もしも突き放されたら…再会してもすぐに別れなければならなくなったら…それなら会わない方が良いんじゃないかなんて、いろいろなことを考えてしまうの。愛しているから、不安は消えないのよ」


果たして悠生は尚香と同じなのだろうか。
趙雲のことを愛しているから…顔を合わせるのが怖いと感じてしまうのだろうか。
阿斗への想いとは似ているようで全く異なっているこの気持ちは…悠生自身にも扱い方が分からない特別な感情。
恥ずかしくて認めたくなくて三成に指摘される度に否定をしていたが、恋や愛と形容するのが一番しっくりとくるのだ。


(ああ…こんな気持ち、知りたくなかった…、辛くて苦しいだけだよ。趙雲どのが僕を想っていてくれたとしても、好きだなんて言えるはずがない。愛されたいなんて願っちゃいけない)


尚香は生まれながらの身分ある姫君で、れっきとした女性だ。
彼女が劉備と愛し合ったって何ら問題は無い。
だが、男と男は一緒にはなれない…趙雲は英雄で、人間的に差がありすぎることも、分かりきっていたはずだ。
僕はバグだから、とは言わなかったが、心なしか虚しくなってしまった悠生は唇を噛んで尚香から目線を逸らした。


「やっぱり、会えない…顔を見たら、泣いてしまいます…!僕なんか、好きになってもらう資格だって…」


報われない想いであると、改めて自覚すると、途端に悲しみが溢れ出す。
悠生が趙雲に愛される、それが阿斗の生きる国のためになるかと考えれば、これ以上、趙雲との距離を縮める訳にはいかなかった。


「泣いたって良いじゃない。私は恥ずかしいことだとは思わないけど?」

「違うんです!僕はっ、男の人を好きになってしまったんです!その人が良くても、周りの皆が許してくれない…そんなことじゃ、彼を不幸にしてしまいます」


悠生は目尻に溜まった涙をごしごしと拭うが、尚香の言葉に頷くことは出来なかった。
恋の相手が同性だと聞き、素直に嫌悪されるかと思いきや、尚香は静かに手を伸ばし、俯く悠生の頭を柔らかく撫でていた。


「想い人の幸せを願えるあなたが、どうしてその人を不幸に出来るの?黄悠が愛した人は、きっと素敵な人なんでしょう?私たちには、相手を信じる勇気が必要なんじゃないかしら」

「っ……」

「大丈夫。自信を持って。あなたは誰より魅力的だもの。"好きになってもらう資格"なんてものが存在するなら、あなたには幸せになる資格があるはずだわ」


流石は、孫策の妹である。
その無茶な発言を信じ、都合の良い未来を願って良いような気がしてしまう。
太陽のような孫策の面影を感じ取り、悠生は未だに複雑な想いを抱えたまま、小さな声で「はい」と呟いた。


「尚香さま…戦が終わったら、僕はもう一度、この気持ちについて考えようと思います。自分に、嘘はつきたくないから…」

「ええ、それが良いわ。黄悠、一緒に頑張りましょうね!」


頑張るのはこれから臨む戦か、それとも、遠く離れた想い人に気持ちを伝えることだろうか。
ぎゅっと手を握り、尚香の笑みに元気づけられた悠生は、必ず役目を果たさなければならないと気を引き締めた。


 

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