月下の影法師



「だって私…稲に救われたもの。策兄さまと仲違いしていたとき、稲が居てくれたから…私は壊れずに済んだわ」

「尚香さまは…稲姫さまが大好きなんですね」

「ええ、大好きよ!勿論、落涙も掛け替えの無い友達だわ。黄悠だって…同じ気持ちでしょう?」


その言葉の裏には、「本当にお姉さんに会いたくないの」、との問い掛けが隠されていた。
それは…、と悠生は口ごもるが、尚香はふわっと笑った。
悠生の気持ちなんて、全てお見通しなのだ。


「世界が平和になったらきっと、笑って再会出来るわ。ねえ、私も頑張るから…黄悠もちょっと頑張ってみない?」

「尚香さまも?」

「そうよ。私、遠呂智を倒したら玄徳さまに求婚しようと思うの!」


きゅうこん…と同じように繰り返した悠生だが、その言葉を尚香の口から聞くのはあまりにも衝撃的で、すぐには意味を理解出来なかった。
全く予想もしなかった尚香の爆弾発言に、悠生は思考が停止しそうになる。
大人達の勝手な都合で、駒のように扱われた孫夫人…彼女が自分から、今では敵となった劉備に再婚を申し出ると言うのだ。
裏切られ、傷付き、苦しんだはずなのに。
尚香は不器用な劉備を許し、再び手を取り合おうとしている。


「まだ内緒よ?皆を驚かせてやるんだから!」

「僕、も、驚きました…」

「ふふ、大成功ね!…だからと言ったら変だけど、黄悠も勇気を出して、落涙に会ってほしいんだけどなぁ。直に小牧山城で策兄さまや落涙と合流するけれど、すぐにとは言わないわ。遠呂智を倒したらで良いの。呉蜀の仲が元通りになったら、貴方たち姉弟の間にも隔たりは無くなるはずでしょう?」


本当に、強い人なんだと思った。
だが自分には真似出来ない、強くなれるはずがないと、悠生はいつだって弱気だった。
尚香と劉備の再婚で、呉蜀同盟が復活したとしても…、役目を果たした奏者・咲良は元の世界へ帰ってしまうのだ。
だとしたら、最終決戦の前に、姉の元へ行かなければならないが…やはり、心が決まらない。


(咲良ちゃんの顔を見たら…僕は阿斗や趙雲どののことを、"無双"だと思っちゃうよ…)


…そんなの、ただの言い訳だ。
悠生はギリッと唇を噛みしめる。
尚香は眉を寄せ、心配そうに悠生を見詰めていたが、何かを思い付いたように声をあげた。


「ねえ、黄悠は誰か、想う人は居ないの?」

「な、なんで、そんな話を…」

「ふふ、お節介だったらごめんなさいね。私ね、落涙が周泰と一緒になる前にこんな噂を聞いたの。落涙と甘寧が良い仲だって。私、本当に噂だと思っていて…最後まで、落涙の力になれなかったのよ。だからせめて…あなたの恋を応援してあげたいわ」


咲良と甘寧の関係など、悠生には想像も出来ないことだ。
それよりも、尚香のいきなりの申し出に、困ってしまった悠生は瞳を泳がせる。
更には、"恋"と聞いてまず思い浮かぶのが当たり前のように趙雲であることに動揺し、悠生は赤くなりつつある顔を隠そうと俯いた。
他人に心の内を明かすことに躊躇いや抵抗はあったが、このもやもやとした感情を抱えたまま戦に臨む訳にもいかない。


 

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