やがて来たる



じっと左近に睨まれて、脅されている訳でもないのに、悠生はたじろいだ。
落涙に会わなくて良い、それなら同行することにも異論は無いのだが、こうも見られては返事をすることも出来ない。

面白がってやっているのでは、と悠生が疑い始めた頃、ゆっくりと近付く蹄の音を聞き、自然と其方に目が行く。
呉軍の兵卒が、茶毛の馬を率いて現れた。
その馬の瞳を見て、悠生は言葉を失う。
戦で片目を失った、鬣の美しい馬。
悠生が生涯唯一の相棒と決めた、マサムネが其処に居た。


「ねえ黄悠、前に言ったでしょう?策兄さまが保護したって…、この子、あなたに返すわ。だから、一緒に来てくれる?」

「……、」


尚香の言葉に返事も出来ず、悠生は歓喜に身を震わせながら、いつにも増して大人しいマサムネの鼻を撫で、次に失われた瞳の傷痕を撫でた。
おかえり、とでも言うように、嬉しそうにぶおっと鳴く相棒。
悠生は涙を滲ませて一笑し、そっとマサムネに頬を寄せた。


「マサムネ…ただいま…、ありがとう…」


ずっとずっと、会いたかった。
この日をどれほど待ち望んでいたことか。
マサムネの体には、妲己の攻撃を受けた際の傷痕が、生々しく残されていた。
…痛かっただろうに。
それでも、マサムネは悠生を恨みもしない。
再会出来たことを全身で喜び、甘えるようにすりすりと湿った鼻を押し付けてくるのだ。
可愛らしくて、愛おしく思う。
改めて、自分の相棒はマサムネしか考えられないと思った。


「尚香さま…僕、一緒に行きます。孫策さまに会って、お礼を言いたいです」

「ありがとう…そう言ってくれて嬉しいわ」


咲良を友と慕う尚香は、本当なら、姉弟の再会を望んでいたのだろうけど。
こればかりは、悠生も頷くことはない。
だが、マサムネとの再会を叶えてくれたのは、孫策と尚香である。
だから、彼女の願いを聞き入れるのだ。
一緒に着いて行くだけで、何としても、咲良には会わないつもりだった。

…しかし、悠生は大事なことを見落としていた。
孫呉の武将が揃う中、肝心の孫策の姿が無い。
それは孫策が別の戦へ赴いていたからだ。
太陽の輝きに引き付けられた若き龍との再会が、その先で待っていることを、予想するはずがない。
友情に生き、恋を知ったばかりの悠生が、熱く燃える愛を受け入れられるものか。
心の準備なんて…、する余裕も無かったのだ。



END

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